油宇 嶽山(ゆう たけやま) 山口県周防大島町

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2005年12月31日(土曜日) 一回目 薮山奮戦記  二回目 薮山突入記 三回目 やまある記 

2008年12月31日

「萬世派芳」建物 →0:40→ 嶽山山頂 →0:25→ 「萬世派芳」建物

全歩行時間 1時間05分

 2008年最後の山に向かうには絶好の天候だが、昨夜足の小指の爪を剥がしているので高い山に登ることは出来そうにない。また、中国山地は冷え込み雪も降っているそうなので高い山にも行けない。従って低山で見晴らしのよい場所を考えていると周防大島の嶽山に思い至った。近く予定している大島八十八カ所巡拝の下見も兼ねて周防大島へ向かう。

昨夜足の小指の爪を剥がした! 40番札所遍照庵を確認

 大島大橋を渡り左折、国道437号を道なりに進む。八十八カ所巡拝最初の40番札所遍照庵を確認、その後旧久賀町の53番札所大師堂を確認し国道に戻る。そのまま国道を道なりに進み、道の駅サザンセト東和に着くと今日は年末定休日。更に国道を進めば周防大島町東端の伊保田に到着、すぐに油宇の港へ向かう。

53番札所大師堂 油宇の港から眺める嶽山
鯛峰 麓から眺める嶽山は美しい

 港から見上げる嶽山は美しい三角錐をしている。また、東には後ほど向かう鯛峰の展望地が広がっている。嶽山に向かって港を出発、いつもの「萬世派芳」建物の駐車場に車を置き出発する。登山口はふれあい観音入口、入口の手摺りには赤いテープが巻かれているのでとてもわかりやすい。

「萬世派芳」の建物 ふれあい観音入口を右に進む

 みかん畑への作業道を道なりに進み、途中わかりにくい分岐には、テープを貼りながら快適な作業道歩きが続く。間もなくふれあい観音の上に出ると、みかん集荷用のモノレールが現れる。このモノレールに沿って進んで行けば、すぐにモノレールは左に向かうが、作業道は右に続いている。

モノレール沿いに進む みかん園沿いを進む

 周囲にはみかん園が広がっており、このみかん園が続く限り、この周辺まで快適な作業道が確保されそうだ。間もなくモノレールの下を潜れば分岐は近い。この先から周囲に草木の勢いが増してくるので、昨日購入したナタを取り出し、登山道整備を始める。所々にテープを貼りながら進むめば、前方に竹林が広がってきた。

モノレールの下を潜る 竹林帯に入り右折する

 竹林帯に入れば右(東)へ進路を取り、前回貼ったテープに導かれながら進む。後日のために、新しいテープを貼りながら進むと、少しずつ坂の傾斜を感じ始める。間もなく竹林帯を抜け、懐かしい登山道に合流、この先も前回貼り付けたテープが導いてくれる。

竹林帯を進む 前回貼り付けたテープが残っていた

 山頂手前の最後の傾斜が少しきついが、慎重に登れば大丈夫、間もなく展望の広がる嶽山の山頂に到着した。山頂周囲には樹林が伸びてきているが、眼下に広がる油宇集落と保木山の展望は素晴らしい。

三角点 倒れた石柱
山頂には石垣が残っている 鬼瓦は健在

 少し角度を変えながら周囲を眺めると、東には鯛峰が美しく、前回感動したモニュメントのような木も健在、やはりこの風景は思い出に残る。山頂の三角点、石組の中の鬼瓦、無造作に横たわった石柱、周囲に広がるもろい石組。懐かしい思い出に浸りながら、以前奮戦したことを想い出す。

眼下には油宇の港が広がる 鯛峰
もろくなった石垣 モニュメントのような枯木

嶽山山頂から眼下に広がる展望(動画)

 周囲の展望に満足したので、暖かい日差しを感じながら下山を始める。帰りは新しいテープを確かめながら下りる。下山途中には、一番最初に奮戦した際の赤テープがまだ残っていた。竹林帯を通過し、みかん畑の中を快適に下りて行けば、間もなくふれあい観音に到着、最後に観音様にお参りして平成20年最後の登山を終了した。

ふれあい観音に参拝

 次は鯛峰へと向かう。以前この山に向かった際、展望地への道が藪により閉ざされていたので、今回は道の整備も兼ねている。車に乗ったまま鯛峰手前に着き、林道を進む。山頂三角点へ向かって左折する場所をそのまま直進すれば、展望地に着くが、付近はやはり藪に覆われている。

まるぼん様に立ち寄る

作業道を進む 作業道右手から道を切り開く

 この右手より樹林が続いているので、この樹林の中を進むことにした。樹林の中は歩きやすく、難なく進むことができるので、テープを貼りながら進む。間もなく眼下に海が広がり、懐かしい展望地に到着。やはり鯛峰の展望地は素晴らしい。

断崖 絶壁

 時刻は午後2時を過ぎたところ、ここで遅めの昼食を摂る。風がまともに当たって寒いので恒例のカップ麺をすする。しかしながら、なかなか身体が温まらないので熱い紅茶を飲み、ようやく人心地が付いた。

釣人 波光

鯛峰の展望地から眺める展望(動画)

 展望地からは眼下に広がる保木山、西に白木山・嵩山・源明山と周防大島の名だたる山々を眺め、今年最後の素晴らしい景色を心に刻むことが出来た。

油宇の漁港から嶽山

油宇の漁港から鯛峰

嶽山山頂の石組

嶽山から油宇の集落

鯛峰展望地から宝幾崎(保木山)

 

 前の山 石ヶ坪山・石鎚山縦走 を見る

 次の山 火の山縦走 を見る

歩いた足跡  

登山口周辺の地図はこちら 山口県周防大島町 嶽山 登山口付近のMAP

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2005年12月31日(土曜日)

 一回目 薮山奮戦記

 二回目 薮山突入記

 三回目 やまある記

 四回目 2008年12月31日登山

一回目 薮山奮戦記

2005年12月29日(木曜日)

油宇嶽山

登山口 油宇「萬世派芳」建物駐車場

ガイド本 無し

登山開始 9:20 ピーク到着 10:10 下山終了 10:37

登山開始 0:50 ピーク到着  0:27 下山終了

登山時間 1:17

 周防大島の油宇に向かう。大島大橋を渡り国道437号を左折し、まずは伊保田港を目指して進む。柳井からは約1時間の行程である。道中には信号もほとんど無く、快適な国道を進む。先日登った飯の山を始めとし、文珠山・嵩山を右方向に見ながら進むと東和町の道の駅に近づき、やはり右方向に白木山が見えてくる。その先和田地区に近づくと薮山の大見山が大きい。更に国道を進むとようやく伊保田の港が見えてきた。フェリー乗り場から見る嶽山・鯛峰の尖峰が美しい。

伊保田フェリー乗り場から見る嶽山 伊保田正八幡宮に参拝

 本日はまず油宇の嶽山を目指す。油宇に向かう道を進むと伊保田正八幡宮の鳥居が大きい。登山の無事を祈願するため参拝をする。トンネルをくぐり油宇集落に降り、嶽山方面を臨む。どの方角から見ても尖峰であり美しい。登山口に向かおうとすると新宮大明神が目に付いたので参拝する。相変わらず神頼みの登山が続いている。本日も登山の無事を何度も祈願する。

 再びトンネル方向に戻り、トンネルの手前を左折して進むと程なく右側に第参拾九番札所「ふれ愛観音霊場」が現れる。これで参拝は3回目だがやはり参拝する。その先には「萬世派芳」と書かれた賑やかな建物が現れる。屋根には狸・招猫・龍などが飾られておりとても賑やかだ。建物の付近に車を駐車し登山を開始する。

ふれ愛観音霊場 賑やかな建物「萬世派芳」

 ミカン農園に向かう坂道に取りかかればそのまま山頂まで着くと思いガイドも持たずに出発する。冬枯れて道も歩きやすくなっていると想像しながら農道を進む。油宇集落への分岐を過ぎた先に白い手摺りが見つかったので坂道に取り付きジグザグ道を進んで行く。すぐに右手に大岩を見つけ、その先にはミカン農園が続いている。少し進むとミカン園は荒れてきて、リフト軌道も薮の中に進んでいる。

 ここからは薮に向かうことにしてリフト軌道を道案内に進んで行くが薮がきつい。帰り道が心配なのでテープを巻き付けながら進む。少しずつ高度が上がり山頂に近づいていることが判る。竹の茂る場所を通り過ぎると少し歩きやすくなり一安心となる。そのうち倒木帯に遭遇し、その上には大岩が広がる。更にシダの茂る場所を過ぎると山頂らしき場所が近づいてくる。

 ようやく山頂かと思って東方向を見るとなんと鯛峰の手前に嶽山があり、しかも下に見える。標高は既に220mを越えており、どうやら大見山に向かっての尾根に迷い込んだようだ。尾根道はとても歩きやすくなっており、このまま西に進めば間違いなく大見山に着くことが出来るが本日の目的は嶽山、道を間違えていることが判りがっかりである。

 

間違えた尾根から見る嶽山と鯛峰

 登山開始から50分の行程を振り返りながら眼下の展望を楽しむ。約30分を掛けて目印のテープを辿りながら降りて行く。竹林の中で目印のテープを見失ったが南方向に降りて行くと登山口「萬世派芳」の建物に到着した。

 

一回目 藪山奮戦記

二回目 薮山突入記

三回目 やまある記

四回目 2008年12月31日登山

油宇嶽山

登山口 油宇「萬世派芳」建物駐車場

ガイド本 無し

登山開始 10:37 山頂到着 11:18 山頂出発 11:50 下山終了 12:27

登山開始 0:41 山頂到着 0:32 山頂出発 00:37 下山終了

登山時間 1:50

 途中で門松用の松を取っている地元の方に嶽山への道を聞くが「登ったこともなく、知らない」との返事だった。ふれ愛観音横の道の延長が嶽山山頂方面なので、とにかく北方向に向かえば山頂に着くと思い、第参拾九番札所「ふれ愛観音霊場」より再び嶽山を目指すことにした。

第参拾九番札所「ふれ愛観音霊場」右手の道を登る

 少しジグザグ道を登って行くと分岐があり、分岐を右側に取るミカン農園が続いており、快適な道が続くと思っていたら、すぐに薮への入口となる荒れたミカン園に突入することになった。未整備のミカン農園を難渋しながら一歩一歩進んで行く。ストックを使おうとしてびっくり、ストックが無くなっている。先程の薮の中で落としたらしい。登山元年から使用しているお気に入りのストックだったが無くなっているのにも気が付かないほどの藪を通り抜けたようだ。

分岐を右に取った ミカン農園跡
ミカン農園跡を抜けて薮への突入場所 藪の中

 相変わらずの薮道の中、少しずつ高度を上げて行くがだんだん坂が急になり、歩く速度も遅くなる。再登山開始から18分、とうとう先に竹藪が現れ、もう一歩も前に進めなくなってしまった。万事休す、今日の嶽山は奮戦記となってしまう。今年の奮戦記はダツヤ山・未掲載だが美和町の二代木山も実は初日は失敗登山で、ダツヤ山の失敗の後、引き続きの失敗なので掲載を控えていた。今年3回目の失敗登山だ。今日もこれまでよく頑張ったと自分を慰めながら左手を見ると作業小屋がある。

目印の作業小屋 道は続いている

 作業小屋まで行くと山頂に向かう踏み跡を発見、俄然勇気が湧いてきた。登山前の3ヶ所の神頼みは無駄ではなかった。急坂ではあるが快適な道が続いて行き、踏み跡を捜しながら上に向かって進んで行く。下山時に迷わないように目印のテープの間隔を短くし、分かり易いように木に貼り付けながら進む。

山頂手前 石組みが見えてきた

 万事休すと思った場所から20分、周囲に大岩が増えてきた。山頂方向には石組みが綺麗に続き、石組みの上は平らな展望地となっている。展望地からは南方面の景色が広がっている。四国の家々の屋根まで確認することが出来る。眼下の保木山の美しさには感動した。それほど素晴らしい展望である。油宇集落は箱庭のようで、港には穏やかな風が吹いている。

嶽山山頂 山頂の石組み

嶽山山頂から油宇集落と保木山の展望

 西方面を見ると先程間違えて登ったピークが見える。先程ピークから見ていた嶽山に自分が立っていることが嬉しい。挫折を味わいながらもなんとか嶽山山頂に立てたので喜びが倍増、更に感動の展望と幸せを噛みしめながら四国松山方面を見る。工場群にはまだ煙が見えるので年末でも操業中なのだろう。

鯛峰 鬼瓦が石組みの間に置かれている

 嶽山山頂を散策してみる。周囲には石組みがあり、西方面のみ一段と高くなっている。その下の隙間には鬼瓦が置かれている。山頂の中央部には山頂三角点がひっそりと置かれており、その少し東には石柱が横たわっている。また、三角点の南側には丸い石も転がっている。

モニュメントのような木が立っている 崩れやすい石組み

 石組みの南側には枯れた木がまるでモニュメントのように立っている。油宇の港から見えていた木がどうもこの枯れた木のようだ。展望は東・南・西方面が開けており、北の伊保田港方面は木のかい間越しの展望となっている。崩れやすい石組みの端から油宇の集落の展望を充分に堪能して下山を開始する。

 眼下の展望を脳裏に刻み込み、先程貼り付けた目印のテープに従いゆっくりと降りて行く。山頂から少し降りると明確な踏み跡は西に向かうが、来た道の通り真っ直ぐ南斜面に向かって降りて行く。歩きやすい道をゆっくりと降りて行くと山頂から15分で目印の作業小屋に到着、更に歩きやすい道を捜すがよく分からない。結局登ってきた道を引き返すことにした。どうも先程見た西に向かう明確な踏み跡が正しい道のようだ。

目印のテープが頼り 明確な道を見つける

 目印のテープをはっきりと分かり易く貼りながら登ってきたので道に迷うことはなく、難なくミカン畑まで降りることが出来た。農園跡を過ごし、登山口のふれ愛観音まで戻り、賑やかな建物まで戻り登山を終了した。

 

一回目 藪山奮戦記

二回目 薮山突入記

三回目 やまある記

四回目 200年12月31日登山

2005年12月31日(土曜日)

油宇嶽山

登山口 油宇「萬世派芳」建物駐車場

ガイド本 無し

登山開始 11:09 山頂到着 11:40 山頂出発 11:49 下山終了 12:14

登山開始 0:31 山頂到着 0:09 山頂出発 00:25 下山終了

登山時間 1:05

 

 再び油宇の嶽山に挑む。素晴らしい展望の広がる山なので、歩きやすい登山道を捜すためにやってきた。車はやはり賑やかな屋根の「萬世派芳」の建物の側に駐車し出発する。

ふれ愛観音霊場入口右折する 分岐を道なりに真っ直ぐ進む

 登山口は第参拾九番札所「ふれ愛観音霊場」で、前回と全く同じ場所となる。ジクザグ道を登って行くと分岐に到着、この分岐を道なり真っ直ぐに進む。(薮山突入記では分岐を右側に取った、右側は薮道への突入地点なので一般には勧められない)

 このポイントを間違えなければもう簡単に嶽山へ向かうことが出来る。少し歩くと目の前に作業小屋が現れ、道なりに右に向かう。後は一本道なのでほとんど迷うことは無いものと思われる。右手に再び作業小屋が現れるともう鞍部は近い。

作業小屋を右に向かう リフト軌道の下を潜り進む 右上には作業小屋あり

 リフト軌道の下を潜り少し薮がかった場所を通り過ぎるとすぐに鞍部に到着する。鞍部の分岐を右に取り、竹藪帯の尾根道の中に入る。

鞍部を右に取る 竹藪帯に向かう

 竹藪と言っても竹の密集した薮ではなく、歩くのに不自由はしない程度である。但し、竹藪の中は同じ景色が続いており道を外しそうなので、しっかりと下山時のためのテープを貼り付けて進む。この竹藪を抜けるのに10分程度を要する。

 薮を抜けた先には先日貼り付けた真新しいテープが待っていた。これで歩きやすい道が繋がったので安心した。

竹藪を進む 先日貼り付けた真新しいテープと再会

 山頂に向けて急な坂を登って行くと、程なく展望の嶽山山頂である。嶽山山頂からの景色は素晴らしく何度見ても飽きることはない。保木山から油宇の集落に至る海岸線も素晴らしい。名残惜しい展望を後ろに下山を開始する。

嶽山山頂 やはり素晴らしい展望が広がっている 山頂の鬼瓦

 明確なる分岐を右に取り少し進むと竹藪帯に着く。目印の赤いテープびっしりの竹藪を進むと6分で鞍部に到着、鞍部を左折して明確な明るい道を降りて行く。最後にふれ愛観音に参拝し、登山の無事を報告し登山を終了した。

 嶽山への難関と思われる竹藪の中には、目印のテープがしっかりとびっしりと貼ってあるので迷うことは無いはずである。また、竹藪を抜けた鞍部からふれ愛観音に帰る途中にも要所要所にテープを貼りながら降りたため、登山口のふれ愛観音さえ判れば簡単に嶽山山頂に着くことができる。

 展望の嶽山への道を見つけることができて、ようやく2005年の忘れ物を見つけたような気がした。嶽山は麓から見ても美しく、登っても楽しい山である。

サザンカと嶽山 浄西寺三尊碑

 大晦日に萬世派芳の建物の横で、嶽山への登山準備をしていたら地元の人が散歩をされていたのでこの建物の由来についてお聞きした。

 この下にある浄西寺の先代の僧正が山門を建てる際に寄進を募ったところ、沢山の浄財が集まり、資金が余ったので寄付をされた方の芳名を残すためにこの建物を作られた。建物は台湾のお墓のようなもので、十二支を祀れば参拝者も増えるだろうとの発案で、屋根には十二支の絵が瓦に刻まれている。その他屋根には五重塔・招猫・マイクを握った狸なども立っており、建物両脇には狛犬なのか沖縄のシーサーなのか判らないが座っている。

屋根には十二支の絵が刻まれている 目を開けておられるふれ愛観音様

 また、ふれ愛観音霊場も先代の僧正が作られたそうで、普通の観音様は目を閉じていらっしゃるが、このふれ愛観音様は目の不自由な方がよく見えるようにと目を開けておられるそうだ。確かに参拝した際に観音様がぱっちりと目を開けていらっしゃった。

 登山口のすぐ下にある浄西寺に向かい、山口県指定有形文化財浄西寺石塔婆(浄西寺三尊碑)と出会う。この二基の石塔は大正時代に油宇の海岸から移されたそうで、造立は鎌倉時代初期の建仁二年(1202年)である。

浄西寺にお参りをする 山口県指定有形文化財浄西寺石塔婆(浄西寺三尊碑)

 浄西寺は四境戦幕艦砲撃之地となっており、山門を降りて向かって左側にまわり、石垣を見ると幕府軍艦からの砲撃により壊された石垣がそのま残っている。浄西寺にはこのほか木造の薬師如来像も所蔵されており山門上の金隣閣に所蔵されている。

幕府軍艦からの砲撃により壊された石垣 山門

 浄西寺から少し西に向かうと鐘突堂があり、その先には大島霊場第72番札所もあり、霊場から眺める嶽山も素晴らしい。再び浄西寺に戻り、場所を移動しなが嶽山・鯛峰・保木山を見る。浄西寺自体が高台に位置しており、展望も素晴らしくなかなか立ち去りがたい雰囲気である。ふと浄西寺の屋根を見ると狸と七福神の福禄寿像が乗っており、浄西寺の屋根も賑やかな事が判った。

大島霊場第72番札所 狸と七福神の福禄寿像

油宇から眺める嶽山

山頂からの展望

鯛峰

モニュメントのような木

にぎやかな屋根

一回目 藪山奮戦記

二回目 藪山突入記

三回目 やまある記

四回目 2008年12月31日登山

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歩いた足跡  

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