トップに戻る 2024年に登った山リストへ戻る 山名アイウエオ順
御山神社を出発し、東へ続く鋪装道を辿り丁字路を左折、すぐに阿武町により設置された「神宮山」の案内と「奥宮→」の案内に従い分岐を右折する。竹林などを眺めながら鋪装道を進むと進路は左上に続き、この起点にも奥宮の案内が置かれていた。
案内に従い、少し進むと奥宮への案内のある分岐に着き進路は右へ向く。頭上を覆っていた自然林が切れて青空が広がる。足下に夏草の茂るシーズンだが、登山道はしっかり草刈りがされており、快適に歩くことができる。周囲には白い卯の花が満開、足下にはピンクのムラサキカタバミが咲きとても華やかである。
わずかに高度の上がった場所から日本海の展望が広がり、青い海が美しい。小休止の後足下に春の花を探しながら歩いていると鳥居が現れ、横には満水舎が置かれていた。20年前には満水舎に水が流れていたが、10年前には水は無くなっていた。今回は水が流れており、20年振りに水の流れる満水舎の風景を眺めることができた。
階段の横には百段毎に案内があり、これはとても励みになる。岩が目立つ少し明るい場所に着くと、北に須佐高山の展望が広がっていた。展望地を過ごせば500段を通過、600段の手前で公社造林新宮事業地の案内を見る。
やがて800段を過ごせば文政年間の石鳥居に出会い、鳥居を潜れば左右に灯篭が置かれていた。灯篭の先で千段を過ごし、急登の階段を登る。1200段から1300段になると周囲にワイルドな岩場が現れ奥宮が近いことを感じる。
コアジサイの花が見えてくれば1400段を通過、鳥居の横には1478段の修行の階段について和歌が石板に彫られていた。鳥居を潜れば奥宮へ到着、巨岩のご神体には緑のツルが巻き付いており、ようやくこの姿を眺めることができた。なかなか幻想的な風景である。奥宮からは西方面の展望が広がっており、日本海を見晴らすため植林の一部が伐採されていた。20年前ほどの大展望は望めなかったが、10年前よりは日本海が近くなっていた。
山頂へ向かうには奥宮から右(南)に建つ作業小屋の横を通り、すぐに急登に取りかかる。大岩の露出した道が続き、岩や木々を手がかりに一気に高度を上げる。やがて坂の傾斜が緩めば広く平坦な山頂に着く。山頂奧に四等三角点が置かれ、周囲には樹林の背が高く展望は望めない。
往古治承年間(1180年代) 筑紫の長者が北国に向かう時この沖にて大船は急に停まり一心に祈願をしたところ東山に神火を見る 我は熊野三所権現の飛霊神也神歌を賜る 「いにしえのあがともしびをかきたててひとのこころをあきらかにせよ」 しばらくして船は渚に向って動き出す 長者は当山に登り御社殿を造営し大祭を行ひ北国に向かったと言い傳う なお、この長者は筑紫の真野長者(大畠瀬戸に沈んだ般若姫の父親)と思われる。
ツタの巻き付いたご神体
神宮山山頂
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