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内航船の移動時間は僅かで、菱浦港から別府港までの所要時間はわずか7分で、すぐに別府港に降り立った。予約していたレンタカーの事務所まで移動し、手続きを終えてすぐに出発した。最初に向かうのは西ノ島最高峰の焼火山で、2回目の登山となる。
別府港から国道485号を西へ進み、途中でユアーズこだま島前店に立ち寄り途中で飲むための水分を購入、西ノ島町役場の先で左折、リゾ隠岐ロザージュを目指す。このホテルの横に焼火神社への案内が立っているので左折、そのまま道なりに進むと焼火神社遊歩道入口に着く。
駐車場に車を置いて小さなリュックにペットボトル2本を入れてまず焼火神社へ向かう。15年前焼火神社へ向かう道は板で作られていたが、今回は左半分がコンクリート階段、右半分がコンクリート鋪装に変わっており、木製だった手摺りは金属製に変わっていた。
左側に木製の鳥居と祠を過ごし、背後を振り返れば浦郷湾は霞んでいた。すぐに金属製の鳥居の前に到着、左に焼火山へ続く登山道が続いているが、先に焼火神社へ向かうため鳥居を潜る。鳥居の下には神社まで5分、展望台まで930mと案内されていた。
左右に狛犬を過ごし平坦な参道を進む。途中で左上に祠が祀られているようだが、この祠には焼火山へ向かう途中に立ち寄ることとなる。社務所の立派な石垣を左に見ながら進むと本殿まで100mの案内が現れる。社務所の横に大岩を眺め、更に奥へ進むと大杉の先に焼火神社が現れた。
岩の中に祀られた奥の院は未だに輝きを保っているようだ。15年前と全く変わらない社殿に改めて感激した。大杉と焼火神社と奥の院と大岩、いつまで眺めていても見飽きることの無い風景である。岩の上には白い花が見えており、これは多分セッコクだろうと思う。
焼火神社を出発し、社務所前から知夫里島のアカハゲ山を眺め、立派な石垣に沿って引き返す。石垣を過ごし少し進んだところから右側を眺めると擬木階段と案内が置かれていることに気づく。この階段が焼火山へ続く道であり、金属製の鳥居の建つ場所から山頂へ続く道の途中で合流する。
探索の道に合流し、次の目的地は焼火山の三角点、緩やかな傾斜の登山道途中に白いヤマブキショウマやサイハイランを眺める。やがて右への分岐に出会い、その起点には低いポールが立っていた。この場所が三角点へ向かう起点で、ポールの上には「←展望台200m・民法アンテナ→」の案内が掛けられていた。
分岐を右折し三角点の置かれた民放アンテナ方面へ向かう。自然林の下に続く真っ直ぐな道を進み、電柱に出会えば左折する。左に焼火中継局の施設、前方にアンテナが見えてくればすぐに三等三角点の置かれた焼火山山頂に着いた。三角点の周囲には草が茂り、ハゼの葉が見えたので遠巻きに三角点を眺める。
更に奥へ進むと西ノ島DTV中継放送所の施設が建っていた。三角点付近からの展望は周囲の樹林の背が高く、望むことはできなかった。これは前回登山時と同様である。中ノ島の金光寺山で見かけた山頂標識と同じ字体の標識がこの焼火山にも置かれていた。三角点横に置かれたベンチに腰掛けること無く山頂を出発、探索の道の先に設置された展望地へ向かうことにした。
先ほどの登山道まで引き返し、探索の道を北へ向かって進む。この途中に右への分岐を見つけたので向かってみるとNHKのアンテナが建っていた。再び探索の道に戻り、進んでいると左右の分岐に着き、展望台まで5mの案内に従いわずかな坂を登れば木製のテーブルと椅子の置かれた展望台に着いた。
展望所から南には先ほどまで立っていた山頂のアンテナを眺める事ができた。東には中ノ島の海士町が見えているが、雲が多く霞み気味の展望である。15年前と同じような景色が目の前に蘇る。椅子に腰掛け、展望をしっかり眺めた後、下山を開始した。下山は元来た道を引き返し、焼火山の分岐は右道をとる。
横木の階段の続く急な坂を下り、足下にピンクのシモツケソウが美しい。やがて坂の傾斜が緩み、焼火神社の鳥居の前に着いた。登山時に分岐した道と合流し、コンクリート階段を下り駐車地まで帰り着いた。焼火山登山を終えて、次は国賀海岸へ向かう。
サイハイラン
シモツケソウ
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