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大穴牟遅神は、因幡の八上姫に求婚しようとする八十神たちのお供をして因幡におもむいた。気多之前に来たとき、そこに裸の兎がいた。大穴牟遅神がわけを尋ねると、淤岐ノ島から本土に渡ろうと思い、海の鰐を欺いて、その背を踏んでここまで来た。
今まさに地上に降りようとする時、鰐を騙したことを告げると、鰐が兎を捕まえて毛を剥ぎ取ってしまった。そこに通りかかった八十神の教えで、海水を浴びて高山の頂上に伏していたが、海水が乾くにつれて皮膚が風でヒビ割れ、苦痛のあまり泣いていたのだという。
かわいそうに思った大穴牟遅神は、兎に水門へ行って真水で体を洗い、蒲の穂を敷いて転がるようにと教えた。教えのとおりにすると、兎の体は元通りになった。「八上姫は、きっと優しい大穴牟遅神(大国主命)の妻になりたいと言われる。」と予言した。
入口で大国主命と因幡の白うさぎの像を眺めて道の駅に入り、適当な所へ駐車して白兎神社の石鳥居を潜る。白兎神社の案内を眺めて石段へ向かい、わずかに高度を上げれば、背後の白兎海岸の先に日本海が美しい。参道右の歌碑には「鰐の背に 似たる岩見ゆ 蒲ならぬ 波の花散る 気多の岬に」と刻まれ、左には大国主命と八上姫とうさぎの砂像が置かれていた。
平坦な参道を更に進むと右に御身洗池(不増不滅の池)が見えてきた。この先の左に祀られているのが白兎神社で、古事記、日本書紀に記された由緒の明らかな因幡の白うさぎで有名な神社である。
神社周囲の足下は海砂で覆われ、砂を踏みながら神社に参拝。反時計回りで本殿へ向かうと本殿を支える土台石(6ケ)には菊の紋章が彫刻(28弁)されていた。白兎神社は皇室と関係があるのかも知れない。
神社の右側には細竹が繁っており、このピークが身干山と言われ、古事記に紹介される白うさぎが身体についた塩を御身洗池で洗い流し、身干山で身体を乾かしたと伝わっている。夏草の茂る時期なので竹林に入るのは遠慮して石鳥居まで引き返した。
北に白兎海岸が美しいので歩道橋の上に向かい、日本海でサーフィンを楽しんでいる人たちや、大水でうさぎが流れ着いたと言われる淤岐ノ島(おきのしま)を眺めた。
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