2021年12月5日 |
花の里 →0:20→ 鞍部の分岐 →0:06→ 愚公山 →0:04→ 鞍部
→0:20→ 鑪山(202m) →0:15→ 鞍部 →0:15→ 花の里
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全歩行時間 1時間20分 |
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登山行程図(地図をクリックすると拡大) |
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津和野藩が戦役に備えて整備した台場跡を見つけるために益田市飯浦地区を訪問。台場調査の前に津和野藩が港に出るために越えたという仏峠を見学した。
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仏峠(山口、島根県境) |
仏峠(田万川トンネル山口県側入口) |
仏峠は山口県萩市と島根県益田市の県境となっているが、峠はわずかに山口県側に位置していた。現在では萩市側から国道191号の田万川トンネルへ入る際、この仏峠の案内を見ることができる。
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人形岩 |
駕籠立案内 |
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旧台場の説明 |
台場址・愚公山・鑪山(クリックで拡大) |
この飯浦地区へ来るきっかけは津和野藩の砲台跡の調査のためで、2019年10月にこの地を訪問して人形の形をした岩を眺望する「人形岩眺望所」、津和野城主が飯浦を視察の時駕籠を止めて景色を眺め休憩したという「駕籠立」などを確認した後、戦役に備えた砲台址の旧台場の案内を見つけた。この案内に寄れば、「小高い丸型の山には、古代から大陸や朝鮮半島と接する石見・長門の防備のために、底干浦と呼ばれた飯浦の地にも砲台が置かれた」とある。
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飯浦海岸から眺める鑪崎 |
台場址(煙突の上の小山) |
この案内写真の場所を見つけるため海岸に降りると、建物の横の小山であることがわかった。残念ながら当日は土地の所有者と連絡が取れなかったため、台場址へ登ることはできなかったが、場所の確認をすることができた。
当時の文書「飯浦御武器蔵御道具覚」には長銃、大銃、湊砲、木砲、薬箱胴乱、銃薬、玉子、口薬入、口薬、大縄等が台場に置かれていたことが残されており、津和野藩にはこの地をはじめとして合計13の砲台が築かれていた。また、船見番には火縄銃3挺、草胴乱、口薬入、木綿火縄各3、遠眼鏡、三ツ道具、掲挑燈、小丸挑灯が各1つずつ置かれていたとある。
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花の里 愚公山へ700m |
この地に来るまで、台場址はこの小山の西にそびえる円錐形の山と思っていた。この円錐形の山の手前で「花の里」の所有者の方にお尋ねすると、円錐形の山はこの方が愚公山と名付けられた山で、山頂まで登山道が整備してある事を教えて頂いた。そこで、この愚公山へ登ってみる。
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鑪山 |
愚公山 |
愚公山へ向かうには萩市側から田万川トンネルを潜り益田市に入る。トンネルを出て最初の左の分岐に入り、そのまま細い道を進むと突然という感じで前方に平坦な耕作地が広がる。この平坦地が「花の里」でその前方に円錐形の山がそびえている。土地の所有者に駐車の許可を頂き登山を開始。
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作業道入口と案内 |
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50m毎、途中に置かれた案内 |
広い作業道を進む |
花の里には愚公山(ぐこうさん)山頂まで700mの案内が置かれていた。花の里から西へ進むと作業道が続いており、この入口にも愚公山700mの案内が立っていた。案内に従い広い作業道を進む。幅員の広い作業道には50m毎に案内が続き、安心して高度を上げることができる。なお、この作業道は土地の所有者の方が、愚公山などの登山道整備のためユンボで切り開かれたものである。
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600m案内に先に展望地 |
花の里を見下ろす展望地 |
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益田沖の日本海 |
作業道終点 登山道入口 |
550m地点では眼下を見下ろす展望地が用意されていた。更に進み竹林を抜けた400m地点では益田沖の日本海を眺めることができた。やがて山頂まで200m地点で作業道歩きが終わり、いよいよ山道に入る。
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補助のロープを使う |
鞍部の分岐 |
この先には補助のロープが渡され樹林の間を進むと砲台山と鑪山の鞍部へ着く。鞍部からは北へ進むと150mで砲台山、西へ進むと300mで鑪山、北西へ900m進むとさばつぼと案内されていた。さばつぼとは釣り場のことかも知れない。
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案内に従い進路をとる |
愚公山へ向かって進む |
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案内が続く |
平坦な山頂へ着く |
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山頂には岩が転がっていた |
日本海 |
ここではまず山頂に向かって北へ進む。樹林の間にしとっかり補助のロープが続き、急登だが大した苦労は無い。山頂まで続くロープに従い進むとすぐに傾斜が緩やかになり、平坦な山頂に着いた。山頂周囲は伐採されており西に日本海を眺めることができた。
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飯浦漁港と益田沖の日本海 |
久しぶりに |
平坦な山頂を東へわずかに進むと飯浦漁港から益田まで続く海岸線を眺めることができた。山頂周囲を確認すると、石組みに適当な大きさの石が多く転がっており、見張り場のために使用されたものかも知れない。
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鑪山へ向かう |
ロープが続いている |
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ウラジロの間を進む |
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ウラジロを迂回する |
標高200m地点 |
山頂で昼食を摂った後鞍部まで引き返し次はタタラ山の案内に従い西へ続く坂へ向かう。ロープの渡された道を進むと進行方向にウラジロが繁り始めた。しばらくはウラジロの間を進むが。やがて進路はウラジロを避けて左側へ続き、急登を辿れば黄色のプラスチック杭の立つ標高200m地点へ着いた。
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田万川から続く「やすらぎの森遊歩道」 田万川から遊歩道を辿ることができる |
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ヌタ場 |
鑪山(202m) |
ここで少し西側へ移動すると田万川から続く「やすらぎの森遊歩道」に出た。この遊歩道を辿り南へ向かうとすぐに202m標高点へ到着、この場所が案内にあった県境のタタラ崎だろう。平坦なピークには岩がある程度で他には何も無かった。この山域全体を鑪山と言っているようなので、本日はこの202m標高点を鑪山としておく。
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田万川から続く「やすらぎの森遊歩道」の案内 |
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鑪山の岩 |
樹間越しに日本海 |
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鑪先へ続く尾根道 |
県境の岩 |
鑪山から元来た道を引き返し、標高200m地点から鑪崎へ向かって県境尾根を下る道を探したがこの道は樹林を分けて進むしか無い。時間的に鑪崎まで往復するには遅い時間なので、花の里まで引き返すことにした。元来た道を引き返し、花の里で山の持ち主の方に御礼を述べて愚公山を後にした。
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