絵下山(えげさん)広島県広島市

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2008年 2月17日の絵下山登山を見る

2013年11月21日

矢野天神バス停 →0:30→ 矢野城跡 →0:20→ 野間神社

 →0:25→ 絵下山三角点 →0:10→ アンテナ先の東屋 →0:25→ 明神山

 →0:40→ 明神山登山口 →0:15→ 矢野天神バス停

全歩行時間 2時間45分

登山行程図(地図をクリックすると拡大)

 山口県の山(山と渓谷社)の著者、中島先生のご案内により、久しぶりに広島県の山へ。同行者は由宇のkさんで、総勢3名の登山である。山口県から高速道路を走り、登山起点のJR矢野駅へ向かう。登山口付近に駐車場を求めるのは、なかなか労力が必要なので、JR矢野駅からバスに乗り、矢野天神バス停で下車するのが効率的である。

矢野天神交差点の先を右折(写真をクリックで別角度) 県道34号から登山口へ入口

 さて、バス停から少し熊野方面へ坂を登り、横断歩道先の右側が絵下山の矢野天神登山口である。横に掲示されている野間神社の由緒を眺めて奥へ進む。すぐ左に手摺りの施された道があるので、我々はこの道に入ったが、本来はもう少し奥へ進んだ場所の左側へはっきりした登山口がある。

正規の登山口はもう少し先にある 鷹野宮歩道橋

 さて、この分岐より入り、すぐに尾根へ続く道に入ると、墓地を過ごす。そのまま尾根を外さずに進むと、本来の絵下山の登山道へ合流し、鷹野宮歩道橋へ着くので対岸へ渡る。なお、この眼下には広島熊野道路が通っている。

登山道へ入る 案内が多く設置されている

 この先より山道となるが、絵下山への案内が多く設置されているので迷う心配はない。橋を渡った付近から絵下山山頂まで2.5km、野間神社まで1.4km、矢野城跡までは500mと案内されている。落ち葉の堆積した道を進むが、今年の紅葉は今からなので、落ち葉の量はまだまだ増えることだろう。頭上に紅葉の始まりを眺めながら進むのはとても気持ちよい。

鉄塔下へ着く 平坦な「お馬屋敷跡」

 時折坂の傾斜はきつくなるが、木漏れ日差す登山道なので、足に負荷を感じることは少ない。自然林の下を進んでいると、まもなく鉄塔下へ到着、この鉄塔下からは安芸矢野ニュータウンへ分岐している。鉄塔の間から眼下に広がる風景を眺めて鉄塔下を出発、間もなく「お馬屋敷跡」へ着く。この付近は少し平坦になっているところなので、屋敷が作られていたのだろう。

矢野城跡の風景

 お馬屋敷からわずかに進むと、矢野城跡へ着く。この矢野城は14世紀の南北朝動乱の際に歴史に登場、1445年には野間氏が城に入り、毛利氏に滅ぼされるまでの110年間、野間氏の居城にされていたそうだ。現在は矢野城址の案内板と石柱が立ち、中央には歴史ある石塔と遺構が残されている。

矢野城跡分岐点 岩を越えて進む

 手前の案内には、登山口から絵下山でのチェックポイントが掲示されており、登山口の次がこの矢野城跡、更に野間神社、発喜山、そして絵下山となり山頂までの所要時間はこの城跡から約1時間程度である。矢野城跡の石柱を眺めて絵下山へ向かう。すぐに矢野城跡分岐点の案内があり、この地点から右へ安芸矢野ニュータウンへの道が分岐している。

シダの繁る道を進む 展望が広がる

 自然林の下につけられた道を辿れば、時折現れる大岩に眼を奪われる。木の間越しの展望を眺め、少しずつ高度を上げる。やがて左右にシダの勢いは強くなるが、歩くのに支障はない。やがて周囲に大岩が目立ち、岩の間を抜けると野間神社へ到着、神社の前には由来が石碑に刻まれている。

野間神社 神社先からアンテナが見える

野間神社の風景

 この神社は毛利氏に敗れた野間氏が祀られている。神社の左につけられた道を下ると進行方向の上に絵下山が見えてくる。もう少し進むと右に分岐があり、この分岐は陰野の滝下山口と案内されている。この分岐を過ごし平坦なピークに着けば、このピークが発喜山である。ただし、歩いていると登山道の通過点に過ぎないので、山頂に立っているという実感は湧かない。

発喜山 明神山への分岐

 さて、発喜山を通過し、少し坂を下ると右に明神山への分岐を過ごす。足下に横木の渡された階段を登れば、この上に再び明神山へ向かう道が現れる。やがて美しい紅葉が現れるので思わず足が止まる。紅葉を観賞しながら進んでいると、左側に展望が開ける。雲の間に見える青空がとても鮮やかで、展望を眺めるのも久しぶりである。

紅葉 展望

 足下はいつの間にか擬木の階段に変わり、まさに中国自然歩道の風景である。左側へアンテナを一つ過ごすと、右にはなだらかな傾斜の小山が現れ、そのピークには大岩が置かれている。これこそ絵下山の山頂で、大岩の上には四等三角点が打ち込まれている。

山頂手前の擬木階段 絵下山山頂

 反対側へ回ると、この付近では公園整備が行われており、工事車両が数台置かれていた。作業中の方に断って公園内に入り、周囲に広がる展望を眺める。眼下には百万都市広島市の風景が箱庭のように広がり、瀬戸内海には厳島、似島、江田島、能美島などが浮かんでいる。

明るい山頂(写真をクリックで三角点) 山頂から眺める広島市街の展望

 

絵下山の山頂から眺める風景

 山頂を出発し、もう少し先の展望地へ向かう。舗装道を進むと、右に明神への分岐を過ごし、正面に見える石段を登る。すぐに東屋の置かれた展望地へ到着、この場所は前回の絵下山登山の際、二艘木から飛び出た「絵下山公園展望広場(標高557m)」である。眼下には江田島、似島、広島市街の展望が広がり、休憩するのに最適の場所である。

進行方向にはアンテナがそびえている 展望所へ向かう
絵下山公園展望広場の東屋 絵下山のシンボル的存在のアンテナ

 絵下山公園展望広場から眺める風景

 次はアンテナの立っている場所へ向かう。遊歩道を下っていると、右に3連首飾りの道を過ごし、整備された擬木の階段を登れば、背の高いアンテナの立つ広場に着いた。このアンテナこそが広島市街から絵下山を眺める際のシンボル的存在である。もう少し先へ進むと東屋があり、ここでは3名の登山者が食事をしていた。

アンテナ先の東屋 似島

眼下に広がる瀬戸の風景

 眼下には瀬戸内海の美しい風景が広がり、周防大島方面では霞みながらも嵩山を確認することができた。ここで、中国山地方面を眺めていたら白い三角錐が見えてきた。これは深入山とのこと、他にも恐羅漢山、東郷山、大峰山、羅漢山などをその形で識別することができた。

中国山地方面(写真をクリックで深入山) 絵下山公園展望広場から眺める風景

 アンテナの立つ場所を出発、先ほどの絵下山公園展望広場で昼食を摂る。いつものカップヌードルを作ろうとしたが、本日は寒いので火の勢いが弱かった。この先は寒冷地用のガスを用意しないといけない。昼食後、絵下山山頂を出発、明神へ向かって舗装道と別れる。すぐに「動き岩」へ着くがこの岩が動くことはない。ただし、反対側から眺めると少し不安定に見えた。そのまま道なりに下ると、発喜山へは直進だが、ここでは明神山を目指すため分岐を左折する。

動き岩 明神山手前から眺める展望

 この先も道なりに進むと、次は子の岳への分岐を左に過ごす。途中では瀬戸内海を眺める展望地へ着くので小休止、やはり展望は元気の元である。展望地を過ごし、平坦な道を進むと間もなく明神山へ着く。山頂付近には岩が点在しており、この岩は何かのために使われたのだろうか。明神山からの展望は無いのでそのまま下山を続ける。

明神山 広島市街へ向かって下る

明神山の山頂風景

 明神山を過ごせば高度を下げるのみ、木の間越しに市街地などの風景を眺め、途中に点在する大岩群を観賞、矢野三山周回道はなかなか風情のある道である。やがて茶臼山方面と矢野高下谷への分岐へ着く。この分岐は我々にとって非常に重要な分岐で、元来た天神方面へ下るには、矢野高下谷方面へ右折する。

茶臼山方面と矢野高下谷の分岐 根本の細い木

 この先で中国電力の鉄塔巡視路の標柱が立っており、この標柱を見たら少し進んで右の谷へ続く道に入る。もうこの先は巡視路歩きで、道に迷うことはない。途中では根本の細い折れそうな木を過ごし、シダの茂る道や黄葉の美しい場所を眺める。

鉄塔下 市街地は近く

 やがて鉄塔下へ着いて前方を眺めると、本日歩いた稜線が一望である。展望地から少し下れば舗装道へ到着、この先は舗装道歩きとなる。この下山地点(明神山登山口)は、矢野南4丁目18付近で、NTT矢団B215R1と矢団B215R2の中間地点である。

下山地点 明神山への入口

 下山地点から矢野南小学校方面へ進み、分岐を右折する。そのまま道なりに坂を下り、県道34号の走る交差点を横切れば、矢野天神交差点へ到着。矢野三山の発喜山、絵下山、明神山の登山は無事終了した。

矢野天神交差点へ向かって坂を下る 矢野天神交差点へ到着

矢野城跡

野間神社

紅葉

絵下山山頂

山頂から広島市中心街

アンテナ

 前の山 右田ヶ岳 を見る

 次の山 金山 を見る

歩いた足跡  

登山口周辺の地図はこちら 広島県広島市 絵下山 登山口付近のMAP

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