三丘ヶ岳(三丘城山) 正面コース登山口(17番高架下)から登り、下山は中山峠・淡海道周回

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2005年 2月12日 三丘城山(三丘ヶ岳)・平家ヶ城の登山記を読む
2009年 7月19日 夫婦岩山を読む
2010年 1月17日 正面コースから山陽道・淡海道歴史散策コース
2016年 3月12日 正面コースから平家ヶ城・夫婦岩周回コース
2020年 4月19日 18番高架から登り17番高架へ下山
2023年12月 9日 三光寺コースを登り、下山は18番高架へ
2024年 1月14日
 正面コース(17番高架)から山陽道・淡海道歴史散策コース
2024年 2月12日 三光寺コース往復登山
2024年1月14日
登山口(玖珂17高架下) →0:40→ 展望地 →0:05→ 城山山頂 →0:25→ 夫婦岩
 →0:20→ 平家ヶ城 →0:15→ 県道(旧山陽道) →0:25→ 淡海道入口
 →0:35→ 淡海道終点 →0:10→ 毛利元就公歯廟 →0:02→ 宍戸家墓所
 →0:03→ 毛利元政宝篋印塔 →0:15→ 登山口
全歩行時間 3時間15分
登山行程図(地図をクリックすると拡大)

 三丘ヶ岳(三丘城山)の登山口は三光寺、広兼18番高架、同17番高架、中山峠の4ヶ所が有名で、前回登山時(2023年12月9日)は新宮山三光寺を登山口として17番高架下に下り、約3kmの鋪装道を歩いて三光寺まで周回した。今回は17番高架下の登山口を出発し、中山峠へ下山し淡海道を通って登山口まで周回するコースをとる。
島田川に架かる筏場橋から眺める三丘ヶ岳 貞昌寺へ続く坂道に入る
山陽自動車道玖珂17番高架を潜る 畑の手前に駐車

 今回の登山口の「17番高架下」へ向かうには島田川に架かる筏場橋を渡り丁字路に着く。この起点には毛利元就公歯廟、毛利讃岐守元政墓所、広末地区文化財案内板などが置かれている。丁字路を左折し、狭い鋪装道を西へ進むと曹洞宗貞昌寺入口の案内に出会う。この案内に従い右上へ続く道に入り、そのまま道なりに進むと右に高架下が見えてくる。ここで左のガードレールに置かれた城山(三丘城跡)の案内に従い分岐を右折すれば玖珂17高架下の登山口に着く。

畑の先にそびえる三丘ヶ岳 高速道路沿いに続く坂を登る
六地蔵に出会う 北へ続く登山道
作業小屋の横を進む 植林の中に入る

 畑の手前の広い場所に駐車し、東へ続く坂を登り、左に6地蔵を眺めて北へ続く登山道に入る。この起点にも城山の案内が置かれている。広い登山道を進み、左に作業小屋を過ごし、沢を渡れば周囲に植林が増える。

進路は左上へ続く 進路が北へ向く
登山道の左右のシダは刈られていた 明るい尾根を進む

 道なりにもう少し進むと登山道は左上へ続き、少し登れば進路は右(北)へ向く。少しずつ高度を上げると周囲にシダが目立ち始める。ただし、しっかりシダは刈られているため歩くのに支障は無い。道の左右にシダを眺めながら北へ向かって直登する。

三丘ヶ岳が顔を出す 坂の傾斜がきつくなる
ロープを補助に高度を上げる 太いロープが現れる

 明るい尾根歩きなのでとても気持ちが良い。やがて樹間越しに三丘ヶ岳が現れるがまだ山頂までは距離がある。すぐに周囲からシダが無くなり次第に坂の傾斜がきつくなる。やがて細いロープの渡された場所を通過すると、この先で進路は東へ向き、太いロープを伝って急な岩場にとりつく。

大岩へ向かう最後の急登 大岩の横を抜ける
歴史ある城山の石組み 最初の展望地から眺める竜ヶ岳

 滑りやすい急傾斜を登り切り、岩の間を進むと少し高度が下がる。ここで右下を見ると城山の石垣が残っている。貴重な石垣を眺め、そのまま明るい展望地に着くが、この展望地から眺める竜ヶ岳は樹間越しとなっている。

手水石 展望岩
鶴羽山、夫婦岩、太華山、虎ヶ岳、熊毛烏帽子岳と続く展望

 そこで更なる展望を求めてもう少し南へ移動すると、大きな自然石をくり貫いた手水石が現れ、この先に展望岩が現れる。右側の展望岩からは熊毛烏帽子岳、赤松平、太華山、手前に夫婦岩、下松烏帽子岳、虎ヶ岳の展望が広がる。

大黒山、竜ヶ岳 展望岩を下から眺める
西を見晴らす平坦な展望岩 三丘の田園風景

 展望岩を乗り換えて鶴羽山、高塔山、琴石山、札ノ尾山、竜ヶ岳、大黒山と続く展望を眺める。更にこの下には光方面を見晴らす平坦な展望岩があり、ここでも休憩することが可能である。この展望地で昼食を摂り、コーヒータイムの後に北へ進み三丘ヶ岳の山頂に着いた。

三丘ヶ岳(三丘城山)山頂 山頂から樹間越しの展望
夫婦岩(左)と平家ヶ城(右)の分岐 18番高架への下山分岐(左)

 四等三角点の置かれた山頂からの展望は限定的で、樽山や物見ヶ岳程度しか見えない。山頂には防府からの登山者が休憩されていたので展望地のことを説明した。山頂から平家ヶ城の分岐へ移動し左折、18番の高架への分岐を左に過ごす。

送電鉄塔 南に高塔山になどの展望
大きな夫婦岩 熊毛烏帽子岳

 鉄塔下を通過し、そのまま道なりに進んでいると清尾から来られたご夫婦が三丘ヶ岳を目指していた。夫婦岩へ着くと先ほどの夫婦と知り合いという女性2人組の登山者が夫婦岩で昼食を摂っていた。

平家ヶ城山頂 鶴羽山や虎ヶ岳の展望
三丘ヶ岳 北へ続く巡視路を辿る

 夫婦岩を眺めて今度は平家ヶ城へ向かう。三丘ヶ岳の分岐を通過し、わずかに坂を登れば平家ヶ城の山頂に到着。展望広がる山頂から虎ヶ岳、鶴羽山、樹間越しに高塔山、三丘ヶ岳、竜ヶ岳、大黒山、蓮華山を眺めて北へ向かう。

鉄塔下を通過 巡視路を下る
中山峠へ到着 郡境の碑

 少し先を下ると鉄塔が建ち、高水方面の展望を眺めることができた。鉄塔下を出発、これから先は鉄塔巡視路を下って中山峠に下り立った。中山峠には熊毛郡と玖珂郡の境界碑が立っている。

東へ向かう 石仏に出会う
淡海道へ向かう 島田川の手前を右折

 中山峠を出発し、鋪装道を東へ進むと少しずつ周囲が開けてきた。左に29番と30番の石仏を眺め、この先の交差点を右折する。民家の横に続く未鋪装道を進むと丁字路に着くので右折、目の前には島田川に架かる橋が見えている。

清流島田川 島田川沿いを三丘ヶ岳へ向かって進む

 これから先は島田川沿いを南へ進み登山口を目指す。この道は淡海道で天保2年(1831)に貞昌寺の住職であった淡海和尚により開かれた道である。小周防と高森を結ぶ道路が島田川の氾濫のために頻繁に通れなくなることがあり、これを解決するために開かれたと伝えられている。

住居跡 淡海和尚の碑
淡海道 歴史ある石組み

 淡海道は明確で歩きやすく、途中には住居跡も見受けられた。そのまま進んでいると右側に淡海和尚の功績を称える碑が建てられていた。左下に島田川を眺めながら淡海道を進む。14年前(2010年1月17日)に通った時よりも格段に歩きやすくなった淡海道を辿っていると、193年前に組まれた石垣がそのまま残っており、長期にわたり水害にも遭わずにこの道が住民の生活道として使われていたことが理解できた。

16番石仏
15番石仏

 今から4年前、2020年の七夕豪雨では三丘地区で家屋が浸水する被害が起きているが、この道は被害も無かったようだ。やがて右側に16番の石仏を過ごす。更に進むと土石流の跡を通過するが、淡海道に被害は無かった。進行方向に山陽自動車道の高架を樹間越しに眺める場所へ着くと、15番の石仏の祀られた場所を通過する。

鋪装道に着く 頭上に山陽自動車道
城山橋を渡る 毛利元就公の歯廟と同婦人宝篋印塔

 頭上に山陽自動車道を眺め、足下は鋪装道に変わり、道なりに進むと左にガードレールの切れた所が現れる。以前はこの場所を左折して毛利元就公の歯廟へ向かったように思うが、今回はそのまま道なりに進み、高速道路の高架下を潜って西へ進む。高速道路沿いを進むと、左に城山橋が現れるので高速道路の上を横切り、わずかに下ると左に毛利元就公の歯廟と同婦人宝篋印塔が祀られていた。

毛利元政宝篋印塔等の案内 宍戸家墓所
宍戸家家老末兼家墓所 毛利元政宝篋印塔、宍戸元続婦人の墓

 更に下ると右に毛利元政宝篋印塔、宍戸家墓所、宍戸家家老末兼家墓所の案内があり、向かって見る。すぐに宍戸家仙竜寺墓所に着き、三丘領主となった宍戸家初代から四代の墓所、末兼家墓所を見学、更に奥へ進み毛利元政宝篋印塔、宍戸元続婦人の墓を見学した。ここで少し引き返して島田川へ向かって南へ進むと毛利公関連の案内の置かれた筏場橋の手前に着いた。

島田川へ続く道を進む 筏場橋の手前に出た
筏場橋の手前から眺める三丘ヶ岳 貞昌寺へ続く坂を上り登山口に帰る

 筏場橋から進路を西にとり鋪装道を進むと貞昌寺の案内があり、この案内に従い坂を登り、そのまま道なりに進むと高速道路の南側に着く。更に進めば右に玖珂17番高架が現れるので右折、一周回りで登山口の駐車場に帰り着いた。

筏場橋から眺める三丘ヶ岳
城山の石組み
大きな展望岩
三丘の田園風景
三丘ヶ岳山頂
夫婦岩
平家ヶ城
中山峠
淡海和尚の碑
淡海道の歴史ある石組み

毛利元就公の歯廟と同婦人宝篋印塔

毛利元政宝篋印塔、宍戸元続婦人の墓