霊石山(れいせきやま)鳥取県鳥取市 | ||||||||||||||||||||||||
トップに戻る 2015年に登った山リストへ戻る 山名アイウエオ順 2015年9月23日 車道入口 →1:00→ 山頂 →0:50→ 車道入口 全歩行時間 1時間50分 2015年9月のシルバーウイーク、今年は曜日と祝日の関係で5日連続の休日となり、連休後半の3日間を利用して山と渓谷社の分県シリーズの「鳥取県の山」へ登っている。山口県から鳥取県へ向かうには200km以上の移動距離なので、このような連休を利用しないと、効率的に登ることができない。ただし、今回の遠征により、この距離は大した障害ではないと言う印象を持つことができた。 さて、とっとり出合いの森の登山を終了して時刻は昼過ぎ、本日は遠征最終日だが、充分時間があるので、鳥取市河原町にそびえる霊石山へ向かう。霊石山へ向かう前に道の駅「清流茶屋かわはら」へ立ち寄り、鳥取県名産の梨をたくさん購入した。霊石山へ向かう起点をこの清流茶屋かわはらとすれば、この前を走る国道53号河原バイパスを北へ進む。
八東川に架かる橋を渡り、片山交差点を通過し、右側に注意していると、間もなく霊石山への案内が現れるので右折する。この山は舗装道歩きなので、この入口付近の邪魔にならないところへ車を置いて登山を開始する。
植林帯の中を進むと、やがて左に墓地を過ごすが、この手前付近が広くなっているので、駐車するには丁度良い場所である。眼下に国道や道の駅を眺め、更に舗装道を進むと、左カーブの所で、水道施設のような場所を過ごす。
S字カープを描きながら坂を登っていると白い標柱に書かれた「名勝霊石山」の案内が立ち、少し先には霊石山フライトマップが掲示されている。このマップには御子岩や源範頼の墓などが案内されている。 明るい道を快適に登れば、途中で左に普通林道稲常線が分岐する。この付近は湿地があるみたいで、舗装道の上は苔むしており、滑り易くなっている。眼下には河原地の田園地帯が広がり、久しぶりの展望を眺める。
快適な舗装道を登っていると、やがて御子石への分岐を見るが、そのまま山頂目指して坂を登る。本日は快晴で日差しは少々きついが、頭上を覆っている樹林が、日差しを遮っている。 やがて左側に源範朝が見えてきた。登山道からはわずかな距離なので立ち寄ってみる。この源範朝は、伊豆の修善寺で、頼朝の家来の梶原平三景時父子3人に寺を包囲され、防戦したが力及ばず、ついに寺に火をつけ、火中に身を投じて死んだと思われたが、死んだのは範朝の家来だった。 それとは知らない景時は、火中の骨をもって範朝を討ち取ったと鎌倉へ報告した。その間に範朝は伊豆の国から逃れて因幡国へ来た。範朝は出家し、教範法師と名乗り、建久8年11月10日に45歳で亡くなり、景勝寺に葬られた。
さて、墓所を過ごし、この先の折り返し付近で、眼下に街並みや田園風景を眺める。更に舗装道を折り返しながら高度を稼げば、間もなくアンテナの置かれた霊石山の山頂へ到着した。登山道は適度に広く、車でも安心して登ることのできる道だった。 眼下に河原町の展望(クリックで拡大)
山頂は平坦で広く、南には木製のフライト基地が設置されている。この基地の上から眼下を見下ろせば、河原の街並みや田園風景、道の駅まで一望で、素晴らしい展望台である。丁度因美線を走る電車も走っており、のどかな風景が広がっている。
しばらく眼下に広がる展望を眺めた後、今度は北のフライト基地へ向かってみる。樹林の下を進むと目の前に平原が現れ、眼下には千代川が流れている。千代川沿いに広がる鳥取平野と田園地帯、その先には鳥取市街が続いている。
北東には風力発電施設が設置されており、山の上でくるくる回る風車が印象的である。眼下に広がる展望に満足、いつまで眺めていても見飽きない風景だが、本日は山口まで引き返すため、名残惜しいが下山を開始した。これで今回予定の11山は無事登山終了した。
霊石山
源範頼の墓所
河原町の展望
鳥取平野 前の山 とっとり出合いの森 を見る 次の山 小鹿渓 を見る 登山口周辺の地図はこちら 鳥取県鳥取市 霊石山 登山口付近のMAP |