稲葉山(いなばやま)鳥取県鳥取市 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
トップに戻る 2015年に登った山リストへ戻る 山名アイウエオ順 2015年9月23日 登山口 →0:45→ 山頂 →0:40→ 登山口 全歩行時間 1時間25分
特に因幡の国主であった中納言行平(在原行平)の詠んだ「立ちわかれ いなばの山の 峰におふる まつとしきかば 今かへりこむ(お別れして、因幡の国へ行く私ですが、因幡の稲羽山の峰に生えている松の木のように、私の帰りを待つと聞いたなら、すぐに戻ってまいりましょう)」は、百人一首の16番歌である。 なお、この歌を紙に書き、玄関に貼っておくと、居なくなった猫が帰ってくると言われ、昔から猫返しのおまじないとして知られている。
稲葉山の登山口は、鳥取市国府町の因幡国一之宮の宇倍神社で、駐車地として宮ノ下地区公民館の駐車場が使えるので、車を置いて登山を開始した。宇部神社の前に着き、左に神社入口を過ごす。舗装された車道を折り返しながら、緩やかに高度を上げる。
やがて進路が北東にまっすぐ向くと、左に宇倍神社から0.5Km、稲葉山へ2.2kmの案内が現れる。この道は中国自然歩道で、もう少し進むと、右に七宝水があった。ただし、水量はとても少なく飲める状態ではなかった。
更に進むと右カーブとなり、この起点には「稲葉山へ2km」の案内と左に向かえば、「池田家墓地へ0.7km」の案内が置かれていた。この先で「行平塚」の案内を過ごして更に進むと、右に作業小屋を過ごす。
作業小屋から少し進んだ地点で背後を振り返れば、樹林の上に市街地が広がっていた。このコースでは、ほとんど展望は望めそうにないので、つかの間の展望を楽しむ。舗装道を黙々と進めば、やがて右に稲葉山と宇部神社にそれぞれ1kmの案内を過ごす。この案内は中国自然歩道の案内とは違う種類のようだ。
頭上を覆っていた樹林が切れると左右に畑地が現れ、まっすぐな舗装道の先に稲葉山が現れた。とても明るい雰囲気なので、これまでの舗装道歩きが報われた思いがする。再び頭上を樹林が覆い、右カーブを描きながら進んでいると、稲葉山の案内が掲示されていた。
案内を眺め、更に舗装道を進む。間もなく舗装道のピークを越えれば左に平坦な場所が現れる。稲葉山の三角点は右側のピークに置かれており、ピークへ向かう踏み跡は確認したが、展望の無いことは間違いないのでピークを目指すのはやめて展望広がる草原へ向かう。
草原からは北西に向かって展望が広がり、久松山やアンテナの置かれた本陣山が見えている。また、久松山の左側には市街地が広がり、遠く日本海まで眺めることができた。稲葉山からの展望を確認することができたので下山を開始。何も心配の無い舗装道を下っていると、山頂下には畑地が多いことに気づく。平坦な場所を有効利用して野菜を栽培しているのだろう。 宇倍神社へ参拝 山頂から下山後に因幡一之宮の安部神社へ参拝、この神社は古くから福徳長寿、厄除けの神として病気平癒、交通安全や子供の成長を祈り、さらに志を打ち立てる社として広く崇敬されている。 神社の案内によれば、宇倍神社は、孝徳天皇大化4年の創建と伝えられ、平安時代にまとめられた延喜式では鳥取県で唯一の名神大社、また一の宮として信仰を集め、明治4年に定められた制度により国幣中社に列せられた。 現在の社殿は明治31年に完成し、翌32年には全国の神社では初めて、御祭神である武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)の御尊像と神社拝殿が共に五円紙幣に載せられ、以後大正・昭和と数回宇倍神社が五円・一円紙幣の図柄となっている。お金に御縁があり、商売繁昌の神様として全国からの参詣が絶えないとのことである。 畑地の先に稲葉山 山頂から鳥取市街 宇倍神社 前の山 牛臥山・海上山 を見る 次の山 雁金山 を見る 登山口周辺の地図はこちら 鳥取県鳥取市 稲葉山 登山口付近のMAP |