王院山(おういんざん)島根県出雲市

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2011年5月03日

登山口 →0:20→ 王院山山頂 →0:08→ 展望地

 →0:08→ 王院山山頂 →0:14→ 登山口

全歩行時間 0時間50分

 島根県の山歩き、今回は吉祥姫にちなむ雨乞い伝説の山の王院山へ向かう。この山は出雲市の最高峰と言われ、山頂からは素晴らしい展望が広がっている。

 登山の起点は、旧佐田町の須佐神社(須佐大宮)。この神社は須佐之男命を御祭神とし、稲田比売命(いなだひめのみこと)、足摩槌命(あしなづちのみこと)、手摩槌命(てなづちのみこと)を合わせてお祀りされている。

県道39号を左折し県道185号に入る 須佐神社大鳥居

 神社の説明板には「出雲風土記飯石郡の條に「須佐郷、郡家の正西十九里、神須佐能袁命詔り給はく、此の國は小き國なれども、國處なり。故我が御名は木石に着けずと詔り給いて・・」と由緒が説明されており、「この国は良い国だから、自分の名前は岩木ではなく土地につけよう」と言って「須佐」と命名されたそうだ。

須佐神社

 また、「須佐は須佐之男命の御終焉の地、御鎮魂の聖地御名代としての聖地であり、須佐之男命の御本宮として古より須佐大宮、十三所大明神、出雲大宮と稱え、朝廷をはじめ國守藩主武将の崇敬は申すに及ばず、世の人々の崇敬あつい神社である。」とも案内されている。

須佐の七不思議(写真をクリックすると拡大) 塩井(しおのい)

 須佐神社には七不思議があり、塩井(しおのい)、落葉槙、影無桜、星滑(ほしなめら)、雨壺(あまつぼ)、相生松、新馬と案内されている。なかでも塩井は、「須佐之男命がこの潮を汲み、この池を清められたといわれている。この塩井は大社の稲佐の浜に続いており、湧出に間濁があるのは潮の干満と関係があるという。満潮の時には付近の地面に潮の花をふく。浴用、飲用に用いれば万病に効果があり、産湯に少し用いれば幼児が健康に育つという。わずかに塩味を感じる。」と説明されている。

大杉 天照社

 広い境内を散策すると大杉に出会う。昔加賀藩から帆柱にと金八百両で所望があった時、須佐国造がこれをことわったと伝えられている。幹回り約8m、根回り約9m、推定樹齢は約1300年と伝えられている大杉である。この須佐神社の向かいに建つ天照社にも参拝し須佐神社を出発、県道185号を西へ進む。間もなく八雲風穴の案内が現れるので分岐を左折、福泉坊の横に八雲風穴が現れた。建物の一階に風穴入口があり、協力金を200円払って中に入る。内部には「大自然のクーラー入口」と書かれた扉があり、扉を開けると確かにクーラーだ。木で組まれた施設は風通しが良く、温度は10℃、気化熱により冷やされた天然のクーラーが気持ちよい。特に夏にはお薦めの施設で、階段を下りると更に冷えて気温は5℃となる。

八雲風穴入口 風穴の内部

 八雲風穴を出発、県道へ戻り北へ進むと左手に福寿水を見つける。この泉は風穴現象を起こす地下水が湧き出たもので、四季を通じて水温の変化が少ないそうだ。古くからこの水を飲用すると長生きできると伝えられている。

銘水 福寿水 県道を別れて直進する

 福寿水を出発、朝原川に沿いに寺領地区へ向かって南東方面へ進む。途中で県道は右へ分岐するが、かまわず直進する。やがて寺領峠を越え、寺領三叉路のバス停を左折する。この先の分岐を左折し、右に1軒民家が見えてくれば、左に王院山の案内の立つ分岐が現れる。

分岐を左折する 王院山

 この分岐を登山口とすれば山頂まで40分だが、舗装路が続いているのでそのまま車に乗って進む。分岐を折り返すように左折すれば、正面には王院山の姿が迫ってくる。民家の横に続く舗装路を進み、峠を越えれば広い駐車場の整備された王院山の登山口に到着した。

民家の前の分岐を左折 王院山登山者駐車場

 駐車場には吉祥姫にちなむ雨乞い伝説の山の説明板があり、周囲にはなごりの山桜が咲いている。説明板の横を通り、檜の植林帯に入れば、右には小さな沢が流れている。足下には整備された階段が続き、登山道はすぐに左右に分岐する。

登山口(写真をクリックすると説明) 左右の分岐

 左には東屋が建っているが、小休止を取るにはまだ早い。東屋の右から続く階段を登れば、すぐに先ほど別れた道と合流、長く続く植林帯の下、階段歩きが続く。やがて植林帯が切れ、周囲が自然林に変わると周囲は急に明るくなる。

東屋 整備された遊歩道

 ところが坂の傾斜は高度が上がるたびに少しずつきつくなり、ここらが踏ん張りどころ。しばらく急な階段を登れば、王院山案内図の立つ展望地に出る。眼下に展望が広がり小休止、足下にはこの季節の花のイカリソウがたくさん咲いている。

展望地と案内板 黄砂降る展望
明るい自然林 ギンリョウソウ

 展望地からもう少し進むと階段の下にギンリョウソウを見つけ、左右に笹の茂る階段を更に登れば、すぐに王院山の山頂に到着。大きな松が特徴的な山頂には、王院墓と言われる石が配置され、三等三角点が置かれている。また、雨乞い祈願の行われた形跡も見つけることができた。

山頂の王院墓

王院山山頂から眺める展望(動画)

 周囲を見回せば、黄砂煙る展望が続き、北東方面には大袋山と稗原要害山が尖峰を見せている。西峰(三瓶展望地)の案内に従い南西方面へ向かう。笹が刈られてとても歩き易く、地元の皆さんのご厚意に頭が下がる。少しずつ高度を上げながら進んで行くと、前方に植林帯が現れ、この植林帯の先から少し高度を下げれば、笹の刈られた展望地に着いた。

黄砂の先に大袋山と稗原要害山 笹の刈られた道

 前方にはアンテナを頂いた山が見えており、この山はたぶん黒山と思われる。南西方面にそびえる三瓶山が見えるとしたらこの黒山の右側だと思われるが、黄砂のため全く見えない。展望地から山頂まで引き返し、眼下に広がる展望を眺めるが、少しずつ黄砂の量は増えているようだ。山頂を出発、急な階段を一気に下れば、すぐに登山口の広場に戻り着いた。

自然林の下を進む 展望地から黒山

 なお、王院山の展望台に案内されている内容は以下の通り。

 王院山は出雲風土記の田俣山だと推定される。出雲市で最も高い山(553.9m)であるが、山頂に「王院ヶ墓」と呼ばれる自然石の石柱が4〜5本建っている。

 上朝山の大坊に伝わる吉祥姫の伝説に依ると、光仁天皇(709〜781)が妃を探していたら、夢ざとしで美女の絵姿と沓を授けられた。そこで出雲の塩治へ便を出したところ、上塩治で田植をしている娘が丁度それに合っていたので、直ちに都へ召されて吉祥姫と呼ばれ、釆女として伝えた。後に姫は都を辞して郷里へ帰り、没後、上朝山の大坊に葬られた。この姫と共に下向した高貴な方を葬ったのが「王院ヶ墓」であると伝えられている。

 又、この墓に黄金の墓標があって、夜はその光が大社の海まで輝き、魚が捕れなくなったので、漁師が大勢押し掛けて、これを谷底へ埋めてしまったとの伝説もある。

麓から眺める王院山

新緑の遊歩道

イカリソウ

王院墓

 前の山 飯ヶ岳 滑松コース を見る

 次の山 大袋山 を見る

歩いた足跡  

登山口周辺の地図はこちら 島根県出雲市 王院山 登山口付近のMAP

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