恐山霊場と釜臥山(かまぶせやま)青森県むつ市

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2013年8月6日

釜臥山展望台駐車場 →0:15→ 山頂 →0:10→ 駐車場

全歩行時間 0時間25分

登山行程図(地図をクリックすると拡大)

 まさかりのような下北半島の中央部に位置する恐山は、高野山、比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つで、貞観4年(862年)慈覚大師により開山された。「死ねばお山さ行く」といわれ、古くから人々の深い信仰の対象とされている。

 この恐山は、一般的な登山対象としての山ではなく、信仰を背景とした死者への供養の場であり、この世のものとは思えない火山岩に覆われた地獄と美しい極楽浜の先に広がる宇曽利山湖など、神秘的な風景がどこまでも続き、故人を偲ぶために遠方から訪れる人が未だに後を絶たない。

火山岩に覆われた地獄 美しい極楽浜の先に広がる宇曽利山湖

 恐山の案内によれば、地蔵殿ご本尊の伽藍陀山地蔵大士、地蔵殿の北に祀られている奥の院不動明王 、今回登山をする釜臥山へ祀られている奥の院の釜臥山嶽大明神の三聖地をお参りすることにより、恐山参拝の満願が成就されるとのこと。

ご本尊伽藍陀山地蔵大士安置の地蔵殿 奥の院不動明王

 そこで、青森旅行最終日は日本三大霊場の恐山へ向かう。青森市街から津軽半島を北上、最初は曇っていたが少しずつ晴れ間が見えてきた。当初は雨の予報だったのでこれにはびっくり、天候の好変によりとてもうれしくなる。

恐山冷水 丁塚

恐山冷水の風景

 県道4号を恐山の案内に従い進み、周囲に樹林が茂り始めるとなにか変なにおいがしてきた。これは後で分かったことだが硫黄のにおいだった。そのまま快適な道を進むと7時15分に恐山冷水へ到着。案内によれば「霊場恐山は貞観4年(862年)慈覚大師により開山、山道しば原始林の実から霊水噴きいで、その冷水なる水は不老水ともうたわれ、登山する人を喜ばせている」とある。この冷水は、1杯飲めば10年、2杯飲めば20年、3杯飲めば死ぬまで若返ると言われている。

かまぶせパノラマラインの案内 霊場恐山への門

 さて、恐山冷水を過ごすと間もなく左に釜臥山展望台へ続く観光道路(かまぶせパノラマライン)が現れる。ここではまず先に恐山を参拝するので直進する。間もなく宇曽利山湖の湖畔に着くので広い場所に駐車、宇曽利山湖越しに霊場恐山を眺める。

三途の川に架けられた太鼓橋 宇曾利山湖越しに眺める恐山

 更にすこし進むと左側に赤い橋が見えてくる。この橋は三途の川に架けられた橋で、橋を渡ればあの世へ行くことになるそうだ。橋の手前には奪衣婆(だつえば)と懸衣翁(けんねおう)の像が建立されている。

奪衣婆と懸衣翁のかたわらには柳(衣領樹)

三途の川の風景

 像の横には立派な案内が立っており、次のように記されている。「中国由来の教典『十王経』には、死後の世界が記されている。それによると、人が亡くなって三途の川までやってくると、そこに『奪衣婆』が待ちかまえていて、身ぐるみはがしてしまう。

左がこの世で右はあの世

 その衣類を『懸衣翁』が受け取って、かたわらの柳(衣領樹)の枝に懸け、その枝の垂れ具合で生前の悪行の軽重を推量する。この後、えんま様などの前に出て、地獄か極楽か、どこへ行くのか言い渡される。日本では江戸時代末に民間で信仰されていた。」

三途の川 恐山入口

 さて、三途の川を眺めると、宇曽利山湖にはあの世とこの世の境に木が埋め込まれており、明確に境が定められている。『懸衣翁』が懸けると言われる柳の木の横を通り、三途の川にかかる赤い橋の前に着くと、いよいよこれからあの世にはいるのだという気持ちになるから不思議だ。

釈迦像と総門 総門より境内に入る

 三途の川に架かる橋を渡り、この世とあの世の境に着き、恐山霊場を眺める。宇曾利山湖の岸側は、噴きだす硫黄により白い色をしている。恐山霊場の左側に祭られている大きな六大地蔵が招いているようなので、三途の川を渡り、7時半頃恐山の入口に着いた。

左右に永代常夜灯が並ぶ 総門先には釜臥山(写真をクリックで拡大)

 早速入山受付所に入山料500円を支払って霊場見学を始める。なお、駐車場横には六大地蔵が祭られていた。さて、総門左に大きな釈迦像を眺める。入口には案内図と説明板が掲示されており、次のように説明されている。

 地蔵菩薩は中心にして不動阿字の本体なり 若し衆生有って是の心を知らば決定して成就す(仏説延命地蔵菩薩経)より」この一句は、地蔵菩薩と不動明王の二而不二を意味し不動明王は地蔵菩薩の化身というものであります。

 それ故に当山本尊伽藍陀山地蔵大士を中心に、奥の院地蔵山不動明王、奥の院釜臥山嶽大明神本地釈迦如来が一直線上に奉納され三者が一体であることを意味しております。(中略)御参拝の皆様には、「釈迦地蔵不動一体義」の元、右の三地蔵をお参りなされる事によって、当山参拝の結願が決定成就されるのであります。

 これを要約すれば、一直線上に配置されている地蔵殿(伽藍陀山地蔵大士)、奥の院(不動明王)、奥の院(釜臥山嶽大明神)の三聖地をお参りすることにより、恐山参拝の満願が成就されると言うことであり、満願成就のためにはどうしても釜臥山へ登拝しなければならない。

山門 本堂

 総門をくぐり境内に入ると、左右に永代常夜灯が並んでいる。真っ直ぐ進むとすぐに青い額に「恐山」と書かれた山門へ到着。山門左に建つ本堂(供養の道場)へ参拝した後、山門をくぐる。

地蔵殿 湯小屋

 するとすぐ右に温泉を見る。こちらは男湯で、薬師の湯と呼ばれている。湯屋の中に入るとまだ誰もいなかった。湯屋内は硫黄のにおいがきつく、泉質は硫黄泉である。これは昨日入った嶽温泉と同じ泉質と思われる。

薬師の湯 地蔵殿

薬師の湯の風景

 四十八燈の並ぶ石畳を進むと、間もなく本尊伽藍陀山地蔵大士安置の地蔵殿(祈願祈祷の道場)へ着く。地蔵殿へ参拝後、地蔵殿の左側から霊場に入り、奥の院不動明王へ向かう。

奥の院へ続く石段 奥の院不動明王

 左に硫黄の噴きだす岩場を眺め、階段を登ると恐山奥の院の案内を見る。この案内には入口の総門横に掲示されていたものと同じ内容が書かれている。更に周囲を自然林に囲まれた道を登るとすぐに奥の院へ到着、不動明王へ参拝する。

恐山霊場

恐山霊場の風景

 不動明王の祀られた奥の院から地蔵殿横まで戻り、いよいよ恐山の霊場めぐりを始める。周囲の石や岩の間からは硫黄が噴きだし、まるでこの世のものとは思えない。と、ここはあの世である。正面の一段高い場所には慈覚大師堂が建っており、宇曽利山湖側の小高い場所には延命地蔵尊が祀られている。

硫黄の噴きだす霊場 慈覚大師堂

慈覚大師堂の手前の風景

この世のものとは思えない風景

 賽の河原のように小石の積まれた場所には、風車が置かれ、緩やかな風に舞っている。周囲に見える岩は白いのだが、見る角度によっては硫黄により黄色に変色しているものもある。みたま石や石の間から噴きだす硫黄を眺め、無限地獄の間を抜ければ慈覚大師堂へ到着、奥には地蔵山の緑が鮮やかである。

水子地蔵 賽の河原

極楽浜と宇曾利山湖の風景

 極楽浜と宇曽利山湖方面を眺めると、湖面の色が水色でこんな色の湖は初めて見た気がする。永代無縁碑を眺めながら坂を下り、賽の河原へ向かう。小石が低く積まれた場所は、まさに賽の河原である。千手観音を過ごし、賽の河原へ到着、ここは水子供養の場所のようだ。

震災供養塔 二羽の烏

宇曾利山湖で眺める噴気と極楽浜

 八画円堂に参拝した後、極楽浜へ向かう。極楽浜には最近震災供養塔が建立されたようだ。震災供養塔の横へ着くと左側の休憩所に二匹の烏が居た。ほんの1mの位置まで近づいても逃げようとしない。この内の一羽はとても大きな声で鳴いており、これは先週亡くなった叔父のようだ。その横には物静かな烏がやはり逃げずにいる。この二匹は何か話をしているようだ。そこでもう一匹は昨年亡くなった父のように思えた。

極楽浜と宇曾利山湖

 こんなところで懐かしい二人の面影に逢えるとは。故人を偲ぶために遠方から恐山まで訪れる人が後を絶たないと言うことが理解できる。

三羽の烏 宇曾利山湖の風景

 極楽浜を散策していると、宇曾利山湖は七色に変化するように見える。ふと、先ほどの烏を探してみると、烏はもう一匹増えていた。これはやはり昨年5月に亡くなった叔父なのだろう。宇曾利山湖は恐ろしいほどに美しい色をしており、極楽浜はとても白い浜である。

金掘地獄 重罪地獄

恐山地獄めぐり

 しばらく極楽浜を眺めていると、天候は少しずつ回復し晴れてきた。胎内くぐり、鐘掘地獄、重罪地獄などの地獄めぐりをし、五智如来の祀られた五智山展望台へ到着。宇曾利山湖や極楽浜、地獄などを眺めて元の道に戻る。

五智地蔵 修羅王地獄

五智山から眺める風景

 更に修羅王地獄を眺め、はし塚のそばを抜けて境内に戻った。再び地蔵殿へ参拝し、もう一度慈覚大師堂へ向かっていると、天候はすっかり回復し、晴れてきたのでとても美しい景色を眺めることができた。

はし塚 地獄谷

 最後に地獄谷へ向かうと、ここでは硫黄が噴きだしていた。境内に戻り、長寿の湯に入るため湯屋へ向かう。狭い浴槽だが、独り占めすることができたのでのんびり湯に浸かることができた。

地獄谷から噴きだす噴気 地蔵殿の左奥の院へ続く道が見える

 湯屋を出て、総門越しにレーダー施設が見えきた。これが最後に向かう釜臥山であり、地蔵殿、奥の院不動明王、釜臥山(釜臥山嶽大明神)が一直線上に配置されていることがわかる。境内で安産の御札を頂き、恐山霊場の参拝は無事終了。最後によもぎアイスを食べ、釜臥山へ続く観光道路に入りる。

霊場アイス(よもぎ) 釜臥山へ続く観光道路

 舗装された広い道を進むと、途中には陸奥湾の展望所と恐山の展望所が整備されていた。しかしながら、恐山の展望所からは周囲に霧が深く、展望を得ることはできなかった。陸奥湾の展望所も眼下に霧が発生しており、すっきりした景色を見ることはできなかった。

むつ湾展望所 展望所から眺めるむつ市街

 そのまま進むと、交差点へ着き、直進右折方向は通行が規制されており、こちらは自衛隊の管理道らしい。そこで、交差点を左折するとすぐに釜臥山の展望台駐車場に到着。すぐに登山準備をして出発する。

展望台への案内 展望台駐車場
遊歩道へ向かって左折 整備された釜臥山遊歩道

 陸奥湾から雲が流れ込んでおり、時折山頂付近に雲がかかっている。出発地の駐車場からは恐山と宇曾利山湖が一望で、極楽浜の白砂がとてもまぶしい。さて、釜臥山へ向かうと、目の前には山頂に建つレーダードームがとても近く、その大きさが一際目立っている。

遊歩道入口 山崎岩男先生像

 道路を横切り釜臥山遊歩道に入る。遊歩道入口の案内には、遊歩道の距離は420m、山頂には釜臥山本地釈迦牟尼如来、兵主神社が祀られていると記されている。さて、整備された遊歩道にはいると右に山崎岩男先生像が建立されている。この方は、衆議院議員・青森県知事を務めた方である。

快適な道を進む 遊歩道から恐山霊場が見える

遊歩道に咲く花

 遊歩道沿いには夏の花が咲き誇り、クルマユリ等を眺めていると、少しも前へ進まない。また、眼下に恐山霊場も見えており、双眼鏡で眺めると宇曾利山湖、極楽浜、地蔵山は当然のこと、総門、山門、地蔵殿、慈覚大師堂までしっかり確認することができる。この釜臥山が恐山霊場と深く関わりのあることがよく理解できる。

レーダー施設を眺めながら登る 展望台には雲が流れ込んでいる

山頂手前からは恐山霊場が一望

 遊歩道を更に進むと反対側の陸奥湾方面が見えるはずだが、こちら側は雲が流れ込んでいるため視界が悪い。間もなく釜臥山の山頂へ到着、目の前にはレーダードームが大きい。ドーム手前には恐山釜臥山嶽大明神と奥之院本地法身仏釈迦如来が祀られており、もう少し奥へ進むと兵主神社奥宮、釜臥山嶽大明神御殿が祀られている。

恐山釜臥山嶽大明神・奥之院本地法身仏釈迦如来と兵主神社奥宮・釜臥山嶽大明神御殿

三角点は埋め込まれている 山頂到着

 眼下には時折陸奥湾の展望が広がるも、大展望とまではゆかなかったが、無事釜臥山の山頂を踏み、恐山霊場最後の奥の院釜臥山嶽大明神本地釈迦如来へ参拝することができたので満願成就。下山は遊歩道をそのまま引き返し、駐車場へ下り立った。

陸奥湾は霞んでいる 山頂風景

釜臥山山頂の風景

 次に展望台の上に登り、周囲に広がる展望を確認。少し高度が下がっただけで、雲の厚さが薄くなり、むつ市の市街が一望。市街地の中央にドーム施設が見えているのが印象的である。

展望台からむつ市街を眺める 恐山霊場

釜臥山展望台から眺める風景

 反対側の恐山方面は、慈覚大師堂や賽の河原方面が見えている。これで恐山霊場参拝・釜臥山登山は無事終了、次は一路浅虫温泉を目指す。12時過ぎに展望台を出発、陸奥湾展望台、恐山展望台を眺めて観光道路入口へ到着。更に恐山冷水を汲んで進む。

常夜灯公園 現存する日本最古の常夜灯

日本最古の常夜灯の風景

 下北半島を南下し、野辺地町に入ったところで、急に海が見たくなった。そこで、港に入ると、ここには現存する日本最古の常夜灯が残っていた。常夜灯見学の後、おなかが空いたのでローソンでジャンボフランクを買って食べながら進む。すると戊辰戦争の際の野辺地戦争戦死者の墓所があったので立ち寄った。こんなところで戊辰戦争の遺物と出会うとは、とても印象的な出来事である。

戊辰戦争の際の野辺地戦争戦死者の墓所

浅虫温泉 浅虫海岸先に浮かぶ湯の島

 やがて浅虫温泉へ着き、お土産を物色した後、せっかくなので浅虫温泉に入り汗を流す。その後、海岸を散策して浅虫温泉を出発した。青森空港へは6時頃到着、楽しい青森旅行はあっという間に終わってしまった。

三途の川に架かる太鼓橋

地蔵殿

地獄谷から眺める慈覚大師堂

慈覚大師堂

極楽浜と宇曾利山湖

釜臥山

釜臥山山頂

日本最古の常夜灯

 前の山 岩木山と青森ねぶた祭り を見る

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歩いた足跡  

登山口周辺の地図はこちら 青森県むつ市 釜臥山 登山口付近のMAP

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