鼻高山・天ヶ峰(はなたかせん・てんがみね)松露谷コース〜木無谷コース 島根県出雲市

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2013年2月3日

鰐淵寺第一駐車場 →0:10→ 松露谷登山口 →0:50→ 伊努谷峠

 →0:30→ 鼻高山 →0:23→ 矢尾峠 →0:17→ 天ヶ峰 →0:10→ 矢尾峠

 →0:50→ 木無谷入口 →0:07→ 鰐淵寺 →0:13→ 第一駐車場

全歩行時間 3時間30分

登山行程図(地図をクリックすると拡大)

 

 山口県の山(山と渓谷社)の著者、中島先生のご案内により島根県出雲市の鼻高山へ。登山口は古刹鰐淵寺、山陰自動車道の斐川インターで高速道路を下りて県道275号を平田方面へ。出雲北山の名峰、旅伏山を左に見ながら県道を北へ進み、途中で国道9号、国道431号を横切り十六島(うっぷるい)湾へ出る。

出雲北山鼻高山・旅伏山の風景 河下の分岐を左折し鰐淵寺へ

 ここで県道23号を西へ進み、やがて現れる河下地区の分岐に鰐淵寺の案内を確認、県道を左折して南へ向かう。右に鰐淵小学校を過ごし、この先のY字分岐を左折して落合橋を渡る。更に南下すれば、正面上に一際高い鼻高山の勇姿が現れる。

Y字分岐を左折 鰐淵寺第一駐車場

 間もなくトイレの整備された鰐淵寺の第一駐車場へ到着。駐車場には、これから先への車の進入は遠慮するよう注意書きが掲示されている。駐車場には武蔵坊弁慶修行の地の石碑が建立されており、石碑の裏に刻まれた説明を眺める。

 武蔵坊弁慶は仁平元年(1151年)現在の松江市に生まれ、18歳より3年間鰐淵寺で修行したと伝えられている。文治元年(1185年)壇ノ浦の合戦の後、伯耆の国大山寺より一夜にして釣鐘を鰐淵寺に持ち帰ったとされる「提灯に釣鐘」の伝説は有名である。

三段の滝 道案内の石仏

 さて、駐車場に車を置いて登山を開始。左に五丁の石仏を過ごし、整備された舗装道を進む。右には美しい沢が続き、三段の滝も観賞することができる。この付近から鰐淵寺まで約600m、徒歩で約8分と案内されている。

石橋を渡る 滝を観賞

 すぐに四丁の石仏を過ごし、橋を渡れば鰐淵寺入口の石柱が立っている。橋のたもとから眼下に小滝が美しく、岩の柔らかい部分が丸く掘れていることに気づく。鰐淵寺へ続く道沿いに、「信濃の神僧智春上人の伝説」の解説板と三丁の石仏を過ごす。

智春上人の説明板 美しい滝の風景

 眼下に美しい滝の流れを観賞、慈覚大師が鰐淵寺において薬師如来と千手観音の2体の像を刻んで本尊とし、法華堂、常行堂を建立したことなどを途中に掲示された案内により知る。また、三大杉は大師のお手植えであることなども説明されている。

大岩と沢の流れ

 ふと背後を振り返れば、斜めにそびえる大岩が素晴らしい。間もなく武蔵坊弁慶の伝説、提灯と釣鐘の案内を眺めれば、二丁の石仏を過ごす。この先も名和長年等と力を合わせ南朝のために尽くした頼源、毛利元就の尼子氏攻略に尽力した栄甚の説明を読みながら進むと、鰐淵寺の山門前の鼻高山登山口へ到着した。

松露谷コース登山口 苔むした石段と石仏

 このような案内や解説等を眺めながらの散策はとても楽しいもので、鰐淵寺仁王門まで退屈せずに歩くことができそうだ。さて、旅伏山3.8kmの案内に従い中国自然歩道に入る。苔むした石段を登れば、周囲に多くの石仏が置かれている。

八百屋お七の墓所 杉枝の堆積する登山道

 すぐに八百屋お七の墓所に参拝、こんなところで八百屋お七に逢えるとは思わなかった。苔むした案内には、江戸時代、振り袖火事で有名な八百屋お七(当時16才)が処刑され、寺小姓の吉三は菩提をとむらいの為、お七の骨をたずさえて諸国を行脚し、当鰐淵寺に参拝し、菩提をとむらい後、病にかかり当山で病没したとある。

苔むした自然石の石段 清らかな沢の風景

 すぐに伊努谷越(いぬだにごえ)の案内を確認、道案内の一丁の石仏を過ごす。杉枝の堆積した道を進み、谷で大岩を観賞。足下に続く自然石の階段を登り、清らかな沢を眺める。この谷はとても穏やかな場所である。

手摺りの施された横木階段 中央の掘れた道

 二丁の石仏を過ごせば、谷から離れて折り返しながら高度を上げる。手すりの施された横木の階段に入り、周囲に古い墓石を多く見る。自然林の下、道の中央の掘れた場所を進む。進行方向に見える大木の風景が美しく、しばしば足が止まる。

大木の風景 根の張りだした道

 木の根の張り出す道を躓かないよう進み、やがて5丁を通過、まだまだ登山は始まったばかりである。やがて鰐淵寺0.6KM、旅伏山3.3KMの案内を過ごし、明るい登山道を進む。季節は冬だが、周囲に広がる青葉は新鮮で美しい。

5丁に置かれたベンチ 道案内の先に青葉が美しい

 まもなく6丁を通過、この付近が伊努谷峠へ向かう行程の中間点である。まっすぐ続く道を進み7丁を通過、急な坂を折り返す付近で8丁を過ごす。 左に植林帯が目立ち始めると9丁を通過、この先で鰐淵寺から1.1KM、旅伏山へ2.8KMと案内されている。周囲には展望が無く、木の間越しでさえ何も見えない状態が続いている。

6丁付近の真っ直ぐな道 10丁先の横木の階段

 やがて10丁、11丁と快適に石仏を過ごすと、坂の傾斜は緩やかになる。間もなく湿地帯を通過し、すぐに伊努谷峠へ到着した。峠の旅伏山側に12丁の石仏を確認、そのまま峠を北東へ進めば旅伏山、南西へ進めば鼻高山が待っている。

伊努谷峠 峠の案内板

 ここで東方面へ寄り道し、13丁の石仏まで下りてみた。このコースは伊努谷コースと言われており、峠から1KMで林道へ着くよう案内されている。こうしてみると、出雲北山縦走路へ向かって、いろいろなコースが続いている事が分かる。

伊努谷コースへ入ってみる 13丁の石仏

 さて、伊努谷峠を出発、北山縦走路へ入る。緩やかな傾斜の坂を真っ直ぐ進めば、苔むした倒木が尾根道の左右に整然と置かれ、何の心配もない道が続いている。道案内のテープもしっかり巻いてあり、道に迷う心配はなさそうだ。

出雲北山縦走路へ入る 快適な縦走路

 木の間越しに風力発電施設が見えているのは、十六島風車公園と思われる。それにしても沢山の風車、この付近は風が絶えず吹いているのだろう。前方の小高いピークは鼻高山と思われるが、登山道は相変わらず平坦で快適そのものである。

多くの人が歩いていることが分かる 木の間越しに風力発電施設

 周囲に赤松林が目立つと一旦小ピークを下り、足下に岩の目立つ場所を過ごす。この岩の風景もなかなか素晴らしい。やがて木の間越しながら、日本海を見晴らす展望地へ到着。久しぶりの展望がとてもうれしい。

日本海を見晴らす展望所 足下に岩場を過ごす

 青く広がる日本海と手前に延びる小山を眺めた後、いよいよ厳しい急登へ立ち向かう。少しの岩場を越えればロープの渡された急斜面が待っている。滑らないよう慎重に足場を探り、手がかりの木を掴みながら一気に高度を上げる。

急斜面へ向かう 縦走路途中の熊成ノ嶽

 やがてピークの端へ到着し、平坦な尾根道を進む。間もなく熊成ノ嶽527mと案内されるピークを通過。伊努谷峠からここまで自然林の下を歩いている事に気づく。この先で少しの坂を踏ん張ると、出雲北山の盟主にして島根半島最高峰の鼻高山へ到着する。

鼻高山直前の坂 鼻高山山頂

 平坦でこぢんまりした山頂には大きな一等三角点が置かれており、周囲を見学するための三脚まで用意されている。山頂からは周囲360度のパノラマが広がり、天候次第だが隠岐の島まで見晴らす事も出来そうだ。

十六島湾と風車公園

出雲北山 旅伏山へ続く稜線

 北には日本海が広がり、十六島の風車公園には数え切れないほどの風車が建ちならび、歩いて来た稜線の先には旅伏山を確認。少し霞み気味の出雲平野を流れる斐伊川の先に大黒山、高瀬山、仏経山に建つアンテナも懐かしい。

出雲平野を流れる斐伊川と仏経山

出雲北山 弥山へ続く山脈

 眼下には鳶ヶ巣山の東屋がはっきり見えており、南西には白い出雲ドームがまぶしい。西にはこれから向かう天ヶ峰、更に以前登った万ヶ丸山、遠くに弥山と出雲北山の名峰が続いている。

 また、北西方向に見える尖峰の三角錐は多分竜山と思われる。展望広がる山頂にてゆっくり昼食を摂っていたら、次々と登山者が山頂に到着、鼻高山は人気のある山である。山頂から次に向かう天ヶ峰を確認して下山を開始する。

山頂でお話をした皆様 鼻高山を西へ下る

 西へ向かって急な坂を下れば、前回この山に登った際の登山口、天王山キャンプ場への分岐へ到着した。矢尾峠へ向かって更に急坂を下り、木成峠(きなしとうげ)へ到着。この峠からも天王山キャンプ場方面へ分岐している。

天王山キャンプ場への分岐 来成峠

 更に坂を下り、周囲に赤松が増えてくれば、真っ直ぐ平坦な尾根道歩きとなる。この先で左に大岩・客垣谷への分岐を過ごし、緩やかに坂を下れば、前方に天ヶ峰へ続く稜線が見えてくる。

赤松林と真っ直ぐな道 大岩・客垣谷への分岐を左に過ごす

 間もなく矢尾峠へ到着、峠を右折すれば登山口の鰐淵寺、左折すれば客垣谷・矢尾町と案内されている。我々はそのまま直進し、出雲北山の中で私の唯一未踏の山、天ヶ峰へ向かうことにする。

矢尾峠へ向かって下る 矢尾峠

 よく踏まれた縦走路を西へ進むと、すぐに急傾斜となり慎重に高度を上げる。少し登って背後を振り返れば、木の間越しながら鼻高山の山頂部がはっきり見えている。これは美しい風景である。

縦走路は急斜面になる 背後に鼻高山のシルエット

 すぐに平坦なピークへ到着、ピークには長連峰の案内が置かれている。ピークを越えた先ですこし下り、その先で再び急な坂となる。この坂を踏ん張ると、次のピークは中の小峰、目的地にはもう少しの辛抱が必要である。

長連峰のピークを通過 掃き清められたような道
中の小峰の先の急登 天ヶ峰の山頂

 中の小峰の先で再度急登を踏ん張ると、ようやく天ヶ峰(案内には天臥峰と記載)へ到着。このピークは縦走路上の通過点という感じがする。平坦なピークの少し北へ向かうと、この奥にそびえる469mピークは火打山と案内されている。本日の予定はこの天ヶ峰で終了、山頂にて登頂記念の写真撮影後、元来た道を引き返し、矢尾峠まで戻る。

天ヶ峰と奥にそびえる火打山(469m)

 下山途中に眺める鼻高山は、とても美しいことに気づく。さて、矢尾峠まで戻り北へ向かって坂を下る。山腹につけられた道を下るが、谷側に石を滑らせると、とても危険なので緊張感を持って下る。

再び矢尾峠 倒木を越える

 途中の倒木も無事通過、苔むす岩を見学しながらのんびり下山を続ける。やがて現れる木の橋も無事通過、ワイルドな変化ある道がとても嬉しい。この先から川を渡るようになるが、案内がしっかり掲示してあるので道に迷う心配はない。

木の橋 川を渡る

 はっきりした炭焼きの跡を眺め、右下に小滝を多く見る。やがて平坦な河原に着き、ここでもはっきりした炭焼き跡を確認、石組みまでしっかり残っていた。苔むす岩を観賞した先で、左下の川へ下り、小滝を見学して川を渡る。

炭焼きの跡 平坦な河原
左下の川へ向かう 川を渡る

 この先山腹につけられた明確な道を下り、最後に川を渡れば木無谷越(きなしだにごえ)へ到着。ここから矢尾峠までは1.9kmと案内されている。すぐに林道へ着くが、この林道を南東へ登れば、90分で遥堪峠へ着くと案内されている。

木無谷越 川を渡る
2丁の石仏は分岐のポイント 河原の一枚岩

 我々は鰐淵寺へ向かって林道を下り、すぐ左に2丁の石仏を過ごす。眼下に流れる川に美しい一枚岩を眺めながら下ると、1丁の石仏を過ごし、等樹園の案内が見えてくれば鰐淵寺へ到着した。ここで、鰐淵寺の案内を眺め、事前に知識を仕入れておく。

等樹園入口 鰐淵寺本坊

 天台宗 浮浪山 一乗院 鰐淵寺の開山は推古2年(594年)、信濃国の智春上人が推古天皇の眼疾を浮浪滝に祈って平癒されたので、その報賽(ほうさい)として建立された勅願寺である。天竺(印度)霊鷲山(りょうじゅせん)の艮地(うしとらのち)が欠けて浪に浮かんで流されてきた土地で浮浪山と称す。上人密法を修し給う折、誤って碗の仏器を滝壺に落とされたとき、鰐魚(わに)が鰓(えら)にかけ浮かび上がったことにより寺号を生じる。

 伝教大師が比叡山に天台宗を開かれると、慈覚大師の薦めもあり、日本で最初の延暦寺の末寺となる。又、早くより出雲大社との関係を密にし別当寺ともなった。

 元弘二年(1333年)後醍醐天皇が隠岐遷幸の折、長史頼源が国分寺御所に伺候して、ご宸筆の願文(重要文化財)を賜った。永禄年間には和多坊栄芸が毛利元就の尼子攻めに助力したため、天正五年孫の輝元はこの栄芸の功労を愛で本堂を再建した。

 又、弁慶は十八歳で当山に入り、三年間修行の後、書写山から比叡山に登ったと伝えられており、その伝説や遺品に事欠かない。一方、二三、六三五坪の山内は自然に恵まれ、春は緑の香にむせび、秋は深紅になる「いろは紅葉」が全山を覆う。

御成門 根本堂

 さて、入山料500円を支払い、右に御成門を眺めて石段を登る。最初に十王堂を過ごし、更に階段を登れば立派な根本堂へ到着。右に釈迦堂と銅鐘を眺める。この銅鐘こそ寿永2年(1188)在銘の銅鐘で、もと鳥取県倉吉市桜大日寺上陀の鐘。鰐淵寺で修行した武蔵坊弁慶が一夜のうちに伯耆大山寺から持ち帰ったと言われる伝説の銅鐘である。

釈迦堂 銅鐘
摩陀羅社常行堂 根本堂へ参拝

 根本堂の左には摩陀羅社常行堂、稲荷社が建立されている。境内をのんびり散策の後、浮浪の滝へ向かうことにした。階段を下り、浮浪の滝の案内に従い川を渡る。この先へ続く石段を登れば、登りきった先の右へ向かって目印のテープが巻かれている。このコースは鼻高山へ向かう直登コースと推測される。

浮浪の滝へ8分 石を渡り対岸へ
石段を登る 石段上から右へ続く登山道

 浮浪の滝へは左へ道なりに進み、再び長い石段を登る。石段の先には休憩所があり、この施設を過ごした先に浮浪の滝が待っている。滝の水の落ちる場所の奥には蔵王堂が建立されており、まるで三徳山三佛寺の投入堂を彷彿させるような造りである。

浮浪の滝へは石段上を左折 自然林の下を進む
再び石段を登る 浮浪の滝と蔵王堂

 武蔵坊弁慶も修行したと伝えられる、美しい滝をしばらく眺めて浮浪の滝を出発、とても神聖な場所に居た気がする。鰐淵寺から駐車場まで戻り、一周回りの鼻高山登山は無事終了した。

 次に向かうのは唐川町にある韓竈神社、この神社の本殿へ向かう参道は、幅45cm程度の岩の間を通るため、これを産道に見立てて安産祈願に霊験あらたかとのこと。そこで安産祈願のため向かうことにした。ところが、唐川町に至るメインルートは落石により通行止め。従って、鰐淵寺第一駐車場横から続く狭い道を通って唐川町へ向かう。

 途中で道が違うのかと不安になったが大丈夫、そのまま道なりに進み、登山口へ到着。薄暗い植林帯の下を進むのは、慣れているので大丈夫。ヘッドライトを装着し安全を確認しながら未舗装道を進む。

韓竈神社案内(写真をクリックで拡大) 大鳥居

 間もなく現れる鳥居を潜り、急な石段を登る。とても急な階段なのだが、周囲が暗いので全体像が分からない。自然石の階段はとても傾斜がきついが、石段横に補助のロープが渡してあるのでとても助かる。

自然石の階段 狭い岩壁

 やがて狭い岩の前に着き、岩壁の間を通り抜ける。幅45cmと言われているが、もっと狭いのでは?と感じるほどの幅である。それでも待望の岩壁をすり抜け、出た先には小さな社が建っている。

岩壁をすり抜ける 韓竈神社へ参拝

 これが有名な韓竈神社で、安産祈願に霊験あらたかと言われている。神社へ参拝し、安産祈願と普通のお守りを一つずつ頂いた。ノートに安産祈願をお願いし、神社を出発。下りは登る時より慎重に。

そば縁さんで頂いた蕎麦とごぼう天

 やがて鳥居まで下り無事参拝は終了した。帰りに以前立ち寄ったそば縁へ行き、十六島海苔の入った蕎麦を注文。ついでにごぼう天も頂き、少々食べ過ぎたくらいである。午後8時前に出雲を出発、山口へ着いたのは11時半。たっぷり一日楽しんだ山旅である。

出雲北山

大木の風景

十六島湾

斐伊川と仏経山

弥山と出雲北山

鼻高山

一枚岩

根本堂

浮浪の滝

鰐淵寺 仁王門

 前の山 日ノ峰山 を見る

 次の山 白岩山 を見る

歩いた足跡  

登山口周辺の地図はこちら 島根県出雲市 鼻高山 登山口付近のMAP

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